2005年04月30日
しかし…ある福祉高級官僚 死への軌跡
著者の是枝裕和といえば、最近では映画「誰も知らない」で有名であるが、もともとはドキュメンタリー番組の演出家、といった方がいいのかもしれない。
1990年12月。霞が関の一人の官僚が死を選んだ。
山内豊徳53歳。当時、環境庁企画調整局長。水俣病訴訟和解勧告めぐる激務の中、死を選んだエリート官僚である。
官僚として生き、官僚として死す―そういう話かと、本書を読む前、思った。
しかし読後、彼は官僚になりきれず死を選んだ人なのだ、ということを知った。
死ぬぐらいだったら、辞めればいいのに…。外野がそう言うことは簡単だ。山内局長はそこでなぜ死という結論を選んだのか―。本書は、彼の少年時代、学生時代、役人時代、そして家庭生活を追いかけながら、その疑問を解き明かそうと試みる渾身のルポルタージュである。
仕事面における公務員の生き方、在るべき姿だけでなく、家庭生活の在り方まで考えさせられる本である。
私にとって、読後もっとも印象に残った一節は実はここだった。
12月5日の各紙夕刊と6日の朝刊社会面には『環境庁局長が自殺』と大きな見出しがおどった。
紙面には、「文人肌、損な役回り」「和解拒否で批判の矢面」といった言葉が見られる。大蔵省や通産省との意見調整がうまくいかず、和解勧告を受けられずに苦しんだ、と事情を説明したものもあった。
しかし、これらの事情を山内局長が自殺するまでどこも指摘しなかったのはなぜか。「批判の矢面」と書かれているが、世論を代表して批判をしたのは誰だったのか。環境庁が和解を受けられない背景の政治そのものを批判したマスコミはほとんどなかった。担当官が死んだ途端、実は板ばさみで苦しかったといくら社会面トップで取り上げても何も事態は変わらない。もし、山内が自殺をしなかったら、この問題は環境庁が悪者にされただけで終わっていたのではなかったろうか。
そんな反省とは全く無縁に、山内の自宅へのマスコミ攻勢が通夜の晩から開始された。テレビ局は大きな照明を自宅へ向け、報道カメラマンはフラッシュをたいた。記者達はインタホンで家族を呼び出し、「今のお気持ち」を尋ねている。
彼の死後、すでに14年が経つ。当時と今とで、公務員を取り巻く環境、マスコミの姿のいったいどこが変わったのだろう?もちろん、多少は変わったのかもしれない。しかし本質は変わってやしない、と私は強く思う。
本書を読む限り、彼は自分の死と引き換えに世の中に一石を投じようとしたとは思えない。が、死という結果自体が重く、またタイミングがタイミングゆえに、彼自身の意図はともかく、周囲の人間は彼の死から何らかのものを感じ取り、学ばねばならなかったのではないかと私は思う。
しかし、この話は、時間とともに風化しているような気がしてならない。残念な限りである。
彼の置かれた状況が、もう5年、10年あとだったならば、きっと彼は死なずに済んだろうという指摘もある。しかし本当にそうだろうか。われわれは彼の死から何かを学んだのだろうか。いや、何も学んでいないのではないのか。
公務員として生き続ける者、辞めようと思っている者、そしてすでに辞めた者の誰にとっても、考えさせられるところのある貴重な記録である。
【読んでみようと思われた方へ】
管理人の手元にある本(先日購入)は、1996年の第4版。というわけで、すでに在庫はかなり僅少。店頭で見つけることは難しいので、迷わずAmazonから購入することをお薦めします。
投稿者 nao_yamamo : 23:12 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月25日
公務員でなくちゃできないことって何?
郵政民営化の議論の中で、民営化後の郵政事業会社の職員に国家公務員資格を持たせるべきか、民間人扱いとすべきか、折衷案として、資格試験職としてはどうか、などという議論が行われている。
この手の議論は、(国家)公務員たる必然性・必要性がどこにあるのかという議論である。郵政の場合は、裁判にかかわる送達手続きなど、公的な仕組みの一環になっているから、郵政職員は公務員であり続けるべきだという議論があるらしい(私はその程度で公務員性を維持する必要はないと思うけど)。
他方で、3月9日の日経新聞では、「都道府県、総務部門を外部委託」という記事が出た。
都道府県が管理・事務部門の合理化に乗り出した。給与や人事の申請手続き、福利厚生などの担当部署を統合。庁内横断的な「総務センター」を設けたうえで、民間に業務委託しながら職員を削減する。2006年度には10程度の都道府県が統合部署を設ける見込み。自治体は主に道路補修、清掃などの現業部門をスリム化してきたが、厳しい財政事情を踏まえ、広く組織を見直そうとしている。
群馬県は来春をメドに総務センターで、職員の各種手当の計算や福利厚生の申請などを一括処理する。現在は各課の庶務担当、各局の総務グループを通じて人事課や出納局に申請するなどしているが、事務を集中化することで、担当者の削減につなげる。
まあ、いずれこうなるとは、多くの人が予想していたに違いない。実際、事務そのものを見る限り、「公権力の行使」にかかるものでない限り、ほとんどの事務は公務員じゃなくたってできるのだから。いや、公権力の行使だって、厳密に言えば、公務員たる上司が監督し、決裁し、責任さえ取れば、厳密には公務員でない者だってできないとは言い切れないのかもしれないのだから。
投稿者 nao_yamamo : 23:44 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月15日
「役人廃業」の真の目的は官→民→官のルートの実現にあり
今日は、数年前に霞が関の某役所を辞めた知り合いから聞いた話を1つ。
その人が、先日久々に元職場に挨拶にいったんだそうな。その際、昔世話になった人で、現在その省の人事担当をやっている人にも挨拶に行ったそうな。そのときのやり取り。
知人「民間に転出して仕事をしているうちに、この(民間)経験をもう一度役所で活かして仕事をしてみたいと思うようになった」
人事課「君には辞めてもらいたくなかったから、そう言われると、本当に惜しい話なんだが、一度退職金を渡してしまっていると難しいんだよね」
まあ当然の予想の範囲。されど、やはりあきれ返らざるを得ない。
そういう時代なんだから、なぜ制度を変えようとしないのか?
いや、厳密には、一度退職金を渡していたって、再度採用できるのではないか?
旧態依然とした日本の大企業で採られていた、年次主義、年功主義、社歴主義、生え抜き主義…民間は経済情勢がそれらの存続を許さず、どんどん変わっている。成果主義のすべてがいいとは言わないが、経済活性化要因であることは確かだろう。しかし役所では、ほぼ、旧態以前とした国家公務員試験一本。年次主義も徹底している。
役人廃業者と意見交換すると、多くの人が言うのは、「一度民間に出た人が公務員に復帰して外の風を入れることが重要だ」ということ。
私も激しく同意する。
お役所側は、「今だって、経産省をはじめ、民間研修はさせている」と主張するかもしれない。
しかしこれは、最初の話じゃないが、帰るところがあって出向・研修している人。彼(女)らに、民間で働くということの真髄が伝わるのだろうか?伝わるまい。
役所間でさえ、「あの人は○○省からの出向だから…」という○○府の実態を嫌になるほど見てきたからね。
さらに、先日、現役の経産官僚と飲んだ際に聞いたのだが、経産省も、民間研修の効果薄しとして、最近は研修に出す人を減らしているとか。彼らをしてそれでは、世も末?あるいは研修なんて回りくどいことを止めて、ついに官民の出入り自由化を目指すことを決意してくれた?
METI主導と噂される公務員制度改革は空回り状態ですが、notorious返上で、がんばってくださいよ!
投稿者 nao_yamamo : 05:33 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月12日
人事院留学制度を発展的改組せよ
2月27日の読売新聞に「若手官僚 留学後相次ぐ退職」という記事が出た。昨年産経新聞にも載ったネタである。
この話題については、かなり多くのブログでも取り上げられているようだ。税金を使って留学したのにケシカラン奴だ、という意見が多いが、寛容な意見も多少はある。
私などは、留学の誘いを断って退職に至った人間なので良心の呵責はないが、留学後まもなく辞めてしまった人にとっては複雑な心境をもたらす問題だと思う。堂々としている知人もいますけどね。
この問題に対する私の意見は次のとおり。
人事院留学制度を廃止し、公務員・民間を問わず、日本国民なら誰でも応募できる「日本国政府奨学金貸与留学生制度」を作るのである。その上で、公務員など、国のために10年なりご奉公した人には奨学金の返還を免除することとするのだ。(とはいっても、全額免除はやりすぎだろうな…)
あ、これって、昔のどこぞの日本育英会がやっていたスタイル(教育研究職にご奉公したら奨学金はチャラというアレね)ではないか?と思うでしょ。
あれはもう時代に合わないとか、職業差別だとかいろいろな意見が出てきて、今の奨学生にその特典はなくなってしまったはずだが、それを復活させるのか?と言われそうだが…。
この新制度は日本政府がまさに「留学して、その後、日本国のために頑張ってくれる人材のための先行投資」をするものなのだ。その目的の1つには当然、公務員として国のために働いてくれる人のスキルアップがあるのだから、公務員に返還免除するのは、官民差別とかいう次元の問題ではなく、政府が出資する以上、当然ビルトインされている話だということになる。
大手民間企業については、既に自社で社内留学制度を持っているわけで、それでいくルートもある。その上で、民間の人(学生も含む)もこの制度に応募可能にし、留学のチャンスも広がるわけだ。
もちろん、新制度による問題点もゼロではなかろう。たとえば、留学後の収入の保証のない大学院生などの利用は難しいと思う。しかし、若手官僚退職もなくなるし、休職さえできれば民間企業人の利用チャンスは増える。現状よりはずっとよくなるのではないか…。
とはいえ、役人ぽく言えば、現行留学制度を持つ人事院が制度廃止絶対反対の立場をとることは目に見えているだろう。この新制度なら、所管は内閣府?経産省?総務省?文科省?外務省?とかいろいろ考えられるが、人事院ではありえない。ま、政治レベルで降ってこないと絶対できないだろうね。
というわけで、感情にまかせて、人事院留学制度を単に廃止すればいい、学費返還制度を作ればいいという問題ではないと考える私であった。
投稿者 nao_yamamo : 10:19 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月10日
【書評・書籍紹介】役人廃業者列伝
公務員を辞めた人たちが書いた著書について、ごく簡単な書評をかねた紹介です。
官僚の本分(小学館文庫)
元首相補佐官である水野清と四人の元官僚、加藤秀樹(元大蔵官僚)、山田晴信(元通産官僚)、江田憲司(元通産官僚)、上山信一(元運輸官僚)が、自らの体験を交えながら、これからの霞が関の在り方を示す。
【書評】役人をやっているときは言えない。辞めたら言えるけど力がない。なんだか「力なき正義は無力」のようですなあ。すべては若い人の意見が上に上がらない政治・行政システムの問題か?
さらば外務省!私は小泉首相と売国官僚を許さない
イラク戦争支持に反対して外務省を去ったことで話題となった天木直人氏の著書。
「拉致」「イラク」……小泉総理、あなたの外交政策は間違っている!
外務省には、封印されたままの犯罪がある!
キャリア官僚が、自分の首と引き替えに、すべてを書いた驚愕の書!
【書評】霞が関の役人は、あまり共感していないかもしれませんねぇ。激しく共感してしまうと、外務官僚でなくても役人を続けることのジレンマに襲われます。いや、襲われてしまった人こそ、当サイトで役人廃業を目指していただきたいものです。
誰のせいで改革を失うのか
橋本総理大臣秘書官を経て、国会議員→TVでおなじみの江田憲司氏の、秘書官時代の回顧録的著書。
【書評】今風に言えば「抵抗勢力」によって、いかに改革が骨抜きにされてきたか。公務員になりたいという人はみな「中から変えたい」というが、やはり外圧からしか変えられないというのが現実であるような気がする。結局、中からの改革に挫折した人たちが、警世の書を発しているように思えてならない。
霞が関残酷物語―さまよえる官僚たち 中公新書ラクレ
元労働省技官キャリアで、ジャーナリストに転じた西村健氏の著書。
誰をも幸福にしない霞が関というシステム―その元凶、“身分差別”人事。キャリア/ノンキャリア、事務官/技官。そして官もひれ伏す政という雲上界。不透明な腐敗の構造にメスを入れる。
【書評】さすが経験者として、役人に対する批判と擁護がバランスよく書かれた本。
霞ヶ関の掟 官僚の舞台裏―役所の常識は世間の非常識 キャリア官僚が明かすお役所の驚くべき実態
人事院長期研修が始まった平成世代のキャリア官僚を数年で辞した林雄介氏の著書。
日本の政治経済を動かしている官僚の人たち。国民がまず垣間見ることのできない霞ケ関の裏側を、元キャリア官僚が自らの体験をもとに面白おかしく暴露。世間でのタブーが平気でまかり通る霞ケ関の掟に迫る!
【書評】本省勤めの国家公務員が読めば何のことはない、日常が書かれた本で、普通に納得。むしろ官界外で「へぇ~」な本として好評のようです。著者自身は、受験指導、お菓子作り、人形劇などと多芸な方。民主党の国政候補者を断ったようですが、今後も目が離せない方です。
投稿者 nao_yamamo : 22:20 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月08日
年齢制限なしの勧奨退職がニュースになる時代
「岐阜・笠松町、年齢制限なしの勧奨退職 31歳も応じる」
なんて見出しが、朝日新聞のウェブに出た。1月27日のことだ。
http://www.asahi.com/politics/update/0127/001.htmlに出ているので、ご確認願いたい。
さて、役所勤めの方ならご存知かもしれないけど、時事通信社が「官庁速報」という日刊の業界(つ~ても官公庁界)紙を出している(よく役所で回覧されるようなヤツね)。その中には国の各省から市町村まで、どうやって調べたのか、まあ大きな政策課題から、「○○県○○郡○○町では、~のため、○○のキャンペーンを行うことになった」という地元レベルの身近な話題まで、さまざまなネタが記事として取り上げられている(さすが時事通信の取材網!(たとえばhttp://www.melma.com/mag/11/m00082511/a00000161.htmlを見てみて)。
というわけで、この業界紙には、どこかの小さな市町村が特殊な中途採用するとか、逆に若年勧奨退職を募るとかいう話まで載ることがあるんだけど、今回の記事は、なんと全国紙(しかも地方版じゃないみたいだよね)だし、岐阜の笠松町の話が載るなんて、かなりびっくり…。
まあ、31歳で応じるというのが見出しになるということは、それが「え、何で?」というニュースバリューを持っているからであって、まだまだ役人廃業という考え方が異端扱いされているわけだから、複雑な気持ちを抑えられませんけど…。
まさか、「結婚(出産)するので、まあ辞めてもいいかな」という31歳の女性だった、なんてオチはないですよね?
投稿者 nao_yamamo : 23:52 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月05日
霞が関 若手の流出防げ 本省手当新設 課長補佐ら4万人
3月15日の読売一面トップは、なんと若手国家公務員の人材流出防止策として「本省手当」が導入されるという話だった!留学帰りの若手公務員の早期退職問題については先般も言及した読売新聞だが、この記事がトップとは、ちょっと意外だ。
記事の概要は、人事院が、中央省庁の本省勤務の課長補佐級以下の約4万人弱に、基本給の8%を上限として「本省手当」を支給する方向で検討しているというものだ。(でも現在の補佐特別調整8%はなくなるんだよね)
いくつかのブログが言及するように、ちょっとやそっと給料を上げたって、若手公務員が辞めていく原因の本質(労働と対価が見合わないのも事実だが、そもそもヤリガイがない、不毛だ、上下関係・意思決定プロセスに問題ありといった構造的要因の方が明らかに深刻だ)に目を向けなければちっとも対策にならないという考え方に私も同感である。
こんなネタを出すのは、人事院の話題づくりだ的な厳しい指摘もあるが、現役財務官僚の知人も、「公務員制度改革が進めば進むほど人事院不要論が出てくるから、留学後早期退職問題というネタをプレスに振り込んだり、人事院も存在意義を見せるのに必死なんだよ」などという見解を明らかにしてくれた。
まあそれはさておき、記事の中で当ブログが注目するのは、むしろ以下のくだりだ。
人事院によると、一般職国家公務員の1999年度と2003年度の自己都合による離職者数を比較すると、20歳代以下が5152人から5862人、30歳代が5571人から6815人にそれぞれ増加し、40歳代を上回っている。2003年度の離職者は全体で3万7296人にのぼる。
なんだ、こんなにもみんな役人廃業してたんか?という第一印象である。誰だ、公務員を辞める人なんていないだの、珍しいだの、もったいないだの言っていた人は。
実は、そんなものはただのイメージでしかなかったようである。少なくとも国家公務員については。
逆に言えば、当サイトで追いかけることができた人なんて、全体の0.1%にも満たないのか…。ちょっと無力感。
こういう記事を見るたびに、公務員からの転職者がどんどん増えていることが世間的にどうとらえられているかが気になる。はたしてそれは悪いことなのか?人材の流動化が進んでむしろ良いことではないか?むしろ、こうした危機意識や圧力でもなければ、国家公務員一般事務職の中途採用や年次主義の打破なんて絶対実現しないのだから…。
投稿者 nao_yamamo : 23:22 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月03日
役人廃業適性度の試金石
たまたまなんだけど、この本を読んで非常に共感した。
リクルートといえば、コンシュマー(一般消費者)として感じるイメージは、情報系出版社、WEB会社ということだと思うが、企業人として接する立場で見ると、モーレツ営業の会社なんだよね。そんな会社で活躍して、卒業した人たちへのインタビュー本である。
リクルートは官庁を相手とした営業をほとんどしていないから、普通の公務員なら、R25(首都圏)とか、B-ing、住宅情報などの出版の会社だと思うのは当然で、営業の会社というイメージは少ないと思う。
私もそう思っていたからこそ、目からうろこが落ちたのだが、同時にその営業マインドに共感してしまった。こういうマインドがあれば独立してもやっていけるんだろう、と。
リクルートのある人が別のところでかつてこんな趣旨のことを言っていたのを思い出す。
出版業をやっていると、それに引き付けられて優秀な人材が集まってくる。出版していることの利点はそこにある。そういった優秀な人がバリバリ営業に行って契約をとり業績が伸びる。リクルートの雑誌の中身は、広告営業の結晶であって純粋な出版編集的部分は少ないのだよ、と。
この本を読んで共感できる公務員諸兄は、起業するかどうかにかかわらず、民間で頑張れるのではないか、というのが私の意見。
逆にビビるようなら、役人廃業という選択肢は、封印した方がいいと思う。民間はそう甘いものじゃないし…。
ご一読をお勧めしたい。
投稿者 nao_yamamo : 23:02 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月02日
東大職員 脱お役人「経営感覚が欲しい」
3月9日の朝日新聞に、東大が、国立大で初めて本格的に職員の独自採用を始めるとの記事が載った。もともとは国家Ⅱ・Ⅲ種試験で、法人化した去年からは国立大学としての独自試験でブロック単位で職員採用を行ってきたが、来年度から東大独自の採用試験を実施するというのだ。
でも見出しで、脱お役人とか、経営感覚が欲しいとか言っているけど、実際のところはどうだろうか。記事を読めば読むほど、疑わしく思えてくる。
東大によると、新年度に採用する予定の事務・技術系職員は約40人。このうち2~3割を独自採用枠に充て、「大学運営にあたって、優れたビジネスマインドを持ち、学生や教員をサポートできる人物を求めたい」としている。「公的な仕事に熱意のある人材も必要だ」として残りは統一試験を通じた採用を併用する。 東大は、今年5月22日にある統一試験の1次試験日程よりも前倒しして、4月中に独自採用を実施する方針だ。民間企業に流れていた人材も確保する狙いとみられる。
う~ん、それで、「脱お役人」とか「経営感覚」という見出しがつくのだろうか?
私はこの記事に非常に不満だった。だって独自試験が民間企業等経験者採用を目指すものであるとは記事のどこにも書いていないからだ。「民間企業に流れていた人材も確保する狙い」ってことは、やはり新卒狙いってことではないのか。
となると、今日では、すでに4月試験ですら民間との対抗では遅い気もするし、そもそも時期を変えたぐらいで民間に流れる人を大学職員に引き寄せられるのかという気もするし、さらには独自試験と共通試験の併願を認めないとでもしない限り、結局「安定・お気楽公務員」を目指す人にチャンスを増やしただけに終わるまいか…。
ということで、民間経験者の転職組が受けに来なければ「経営感覚」もへったくれもない。転職組が受けに来ても、キツい民間がイヤで公務員に安定を求めに来る覇気のない人では、やはり「経営感覚」もへったくれもないのではないか…。
結局、道は相当遠いのである。
いや、単に記事の説明不足なのかの知れないが。
投稿者 nao_yamamo : 23:45 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月01日
某庁舎でこんなものを発見?!

公務員が定年前、肩たたき前に辞めるなんて想定外だ、ということはいまだ役所の一般常識なのだろうか。はたまたそうでないのか。しかし、どうやら後者なのか?と思われるようなものを見つけてしまった。お役所系VOWとでもしておきますかね?
これは2004年秋ごろの、東京は霞が関、某中央官庁の庁舎内書店を激撮(!)したものだ。
な、な、なんと、某大手就職情報誌ではござらぬか!!
なんでこんなものが、官庁の書店にあるのか?しかも斜め置きで、人目を引くようにして。
官庁に勤める非常勤職員(女性)の転職支援なら、虎婆湯を置くよねえ、普通。
もちろん官庁と書店は一体じゃないからさ、などという役人的な言い訳はいくらでもできる(まあ、この建物は経済官庁が入っているので、雇用動向の分析とか強弁する手もあるかな)。でも、書店も商売だしな…売れないもの(見込みがないもの)は置かないだろうし。いちおう売れると思って置いているんだろうなあ。
とはいっても、現実に売れるのかねぇ。だって、こんなところで転職情報誌を買うほど露骨なことはないよね。誰かに見られたらどうすんの?私ならとてもその勇気はないな…。
なんたって、私は役所時代、この雑誌をコンビニで買って役所に持ち帰ったらビニール袋が透けていて周りにばれてしまったことがあった。
寒かったな~あの時は。