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2005年09月28日

一面トップに来た!

9月27日の日経朝刊トップは「国家公務員5年で5%純減」そしてその下に「国家公務員 大卒採用を一本化」という人事院総裁の仰天(?)提案まで載っている。

平日の日経トップがこんな記事でいいのかね?あるいは公務員改革への期待なのか?!

しかし公務員を減らすといっても、実態を伴わなければ意味がない。公務員の人員と担っていた事務が、公費を原資としない完全な民間組織に移管しなければ、形だけに終わる。
公務員でない外郭団体に移管しても、公費を原資として養うことに代わりはないのだから。
国立大学を大学法人にし、非公務員型にしたことで、確かにどかっと公務員は減った。でも、公費原資であることに何ら変化はないでしょ?

また、人事院総裁の提案、ぶっちゃけ言えばⅠ種・Ⅱ種試験の統合と、各省合同採用の改革についてだが、正直言って、誰が責任を持ってやるのかというところが決まらないと、笛を吹いても誰も踊らない。
現行のキャリア・ノンキャリの昇進「差別」もあくまで事実上の運用でしかなく、根拠も何もない。結局、年次別キャリア名簿(ポスト表)といったものが存在し、それを前提にキャリアの官房長、人事課長、人事課補佐が采配を振るう限り、自発的に変わることはないだろう。
そもそもキャリア・ノンキャリでは入省したてからずっと配属ルートが違う。ごくぶっちゃけで言えば、Ⅰ種なら企画(連絡調整)系・法律系・国会系が中心で、Ⅱ種・Ⅲ種は会計系・庶務系・事業執行(専門)系が中心。このようにレールを分けてしまうと、Ⅱ種・Ⅲ種で優秀な人を見出しても6~7年目もすればキャリアに追いつかせようとしても無理なのだ。本当にⅠ種・Ⅱ種の区別をなくすなら、ノンキャリにもどんどんキャリアの仕事をさせるべき(こっちは比較的簡単)だが、逆に東大卒にも最初のころは庶務会計もやらせる覚悟が必要だが、そこまでの覚悟はできているのか。
仮にⅠ種・Ⅱ種を統合しても、東大など一部の人だけは点線を引いて旧Ⅰ種的キャリアパス、一方で中堅私大出身者は旧Ⅱ種キャリアパス、という恣意的な運用をされたら、それこそ悪質じゃないかと思う。現状のキャリア・ノンキャリ差別に何ら根拠がないことを考えれば、十分起こりうることだ。
三流私大卒キャリアが財務省で奮闘するビックコミックスピリッツの漫画「現在官僚系もふ」のようなことは現実には起こりえまい。
現状で性急にⅠ種・Ⅱ種統合をすることは、そうなる危険を十分にはらんでいる。

というか、エリート大好きな民間の一部業界は、同じ総合職でも大学名でキャリアパスを差別したり、そういうことを露骨にやってるようだけどね…。

各省合同採用だって、採用だけ仮に人事院がやっても、その後の人事管理まで面倒を見なければ意味がない。現在の各省人事は、天下りまで面倒を見ているわけで、合同採用を前提に人事院が人事管理をするということは、それにメスを入れるに等しい。そこまでの覚悟と力があるとは、とても思えないな。悲観的で癪だけど。

投稿者 nao_yamamo : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月24日

日経1面特集「官を開く」

9月22日から、日経新聞朝刊1面で「官を開く」という特集連載が始まった。その第1回で、公共部門の業務がなぜ民間に移らないかという問題について言及されている。

読んでみると、まあよく聞く話で、役所は権限を手放したくないから、民間に移せる事業・権限を手放さないという論調。たしかに間違いではないが、こういった論調ではいつも必ず重要な視点が1つ抜けており、私はいつも歯がゆく思っている。

それはこういうことである。ちょっと具体例で説明しよう。
最近ではめっきり聞かなくなったが、「構造改革特区」を覚えているだろうか。中国の経済特区になぞらえたもので、ある一地域に、他の日本全国と異なった制度・規制(要は規制緩和)を認めるというものだ。
どぶろく特区、ロボット特区などが取りざたされたのをご記憶だろうか。

そんななかで、昨年春、ふぐ特区を作って欲しいという話があった。内容は、長崎大の研究チームが無毒ふぐの養殖技術を開発したので、ふぐ調理師免許がなくてもふぐを調理できる特区を認めて欲しいという話だった。しかし厚労省の判断は×。
この記事では淡々としか書いていないが、私は別の新聞でもっと核心を突いた厚労省職員のコメントを見た。趣旨はこうである。
「有毒無毒は見た目では区別がつかない。有毒ふぐが特区に紛れ込んで事故が発生したらどうするのだ。結局規制緩和した役所のせいになるんだ」
だから特区は認められないのだ、というのだろう。

みなさんはどう思うだろうか?私は、ここだけとれば、きわめて正論だと思う。
ただ、そういう理屈を持ち出して一切規制緩和しないというのもどうかと思う。結局は案件ごとのバランスの問題なのだろう。

一般に、経済界から規制緩和しろといわれ、役所が嫌だと抵抗しているものの中の相当数には、単なる権限・利権維持だけが目的でなく、このような社会の(一部/全部)利益を守っているものがある。

たとえばこのふぐ特区について民間に言われるままに規制緩和して、何か問題が起こっても、それは民間さんに言われたとおり規制緩和したからで、役所は一切悪くないよということができればどんなに楽か。しかしそうもいくまい。

もちろん役所としては、規制緩和に際し、問題が起こらないような最低限の措置をする責任は免れられないが、当初役所が規制緩和に付随して避けられない問題点として指摘したことがその後起こっても、「そ~れ見ろ」であって、それをマスコミに叩かれるいわれはない、という気もする。

もちろん、陸・海・空の交通安全規制や食品・薬品安全などをはじめとして、重大な利益に関わるものはそうもいかないだろうが、重い規制と軽い規制に分けて、後者は、規制緩和の後、多少問題あっても国民の自己責任だ(マスコミも文句を言うな、国民自業自得の論調を示せ)、というのがあってもよかろう。

いや、そうなっていないから、役人たちに、規制維持の方便を与えているのだ。何かあると政府に頼ろうとする国民性、政府を叩いてナンボのマスコミのあり方も、規制緩和が進まない原因のひとつだということを、マスコミは自分で究明する力を持たないのだろうか。

投稿者 nao_yamamo : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月21日

いつの間に馴染みの店の夢のあと

かつて私は役人廃業川柳で「あと少し馴染みの店に足繁く」という川柳を詠んだ。
先日、霞が関界隈に足を運ぶ機会があった。私が霞が関を去ってからどれほどの月日が経っただろうかと思いを馳せつつ、久しぶりに行きつけの店に立ち寄った。すると…。

店がない…。いや、別の店になっていた。
商売なのだから仕方のないことだが、さびしいこと、この上ない。
チェーン店ならばまだよい。しかしそうでなければ、つぶれてしまった店のお気に入りメニュー、レシピは二度と味わえないのだから。

そういった感傷的な気持ちを持ちつつも、一方で、役人廃業的な視点からは、冷静な別の感覚も浮かび上がってくる。
飲食業は起業で始める典型的な業種である。インタビューでは紹介できていないが、役人廃業で飲食店を開いている人も少なくないから、私は開業情報誌「アントレ」を愛読し、業界として注目してきた。それゆえ、この業界は公務員出身者にかかわらず、勝ち負けが比較的短期ではっきりするとても厳しい業界であることもよく認識しているつもりだ。
また実感としても、虎ノ門、赤坂、新橋などは、本当に激戦区ゆえに店舗の入れ替わりが激しいなと、昔から思ってきた。だから、こうした意識を持って街の景色を見ると、「ああ、またここは誰かが経営に敗れたのか」「また誰かがウン百万の保証金を払って入居するのか」などと冷めた目で見えてしまうのだ。
でも、ビジネスに成功している人は、街を歩いていても何一つ無駄なものなどない、情報の宝庫だということを言っていたりするが、本当に起業を目指す人なら、そういう風景ひとつにも学ばなければいけないのかもしれないと思う。

投稿者 nao_yamamo : 23:55 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月19日

MBA人気に陰りって…。

米ビジネススクール志願者、3年連続減・MBA人気に陰りという記事が8月31日の日経に出た。民間企業でも、留学の費用対効果を見直す動きが出てきたとの記事だ。WEBには出ていないが、社費留学者の退職の増加もからんでいると指摘されていた。

やはり官庁だけじゃないんですな~。もちろん、民間では、学費返還制度も官庁以上に相当シビアだろうけど。
と、思ったら、一方でコンサルティングファームでは、こうした留学費用返還型転職者を受け入れるべく、融資の斡旋までしているんだってね。噂には聞いていたが、HP上でしっかり書いているとは…。

投稿者 nao_yamamo : 15:28 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月14日

徹底検証大学法人化 中公新書ラクレ

 当サイトの書評コーナーを書くために本を買います。月に1冊のノルマは簡単そうに見えますが、当然月1冊だけ読んで書評を書いているわけではありません。時間のない中で、最低数冊読んだうちで「この1冊」を選ぶわけですから、「読んで無駄だった」という本を買わないために、読むべき数冊を選ぶのにも気合が入ります。とはいえ、結局書店で立ち読みして決めてしまうのですが…。
 ちなみにこの1冊は、「はじめに」を読んで即行衝動買いしてしまいました。そして読了後、それは衝動買いではなかったことに気づきました。

 「はじめに」の文章を少し引用します。

 「不景気には公務員が強い」と言われますが、正しいようです。大学生たちから「公務員を考えています。やはり安定した職場ですから」といった声を聞くことが多くなりました。そこに今の世相をひしひしと感じます。
 民間と違い、景気に関わりない安定した職場で、決して潰れることはない。「親方日の丸」。銀行でも潰れる今日、得難い貴重な就職先としてあらためて急浮上しているようです。
 しかし、「安定ゆえに公務員になりたい」学生たちには「待ってほしい」と言いたいのです。「公務員」と「安定」を結びつける発想はあまりにも「古い」のではないでしょうか。これからは政府はどんどん小さくなり、地方行政や民間やNGOが大きな役割を果たすようになります。役人が偉ぶっていられる時代はとっくに終わっています。中央の官庁ではどんどん人減らしが進み、地方への権限委譲の仕事が増えていく中で忙殺されています。仕事はなくなっていくのですから、先が明るいわけではありません。天下り先の特殊法人も、どんどん整理されています。
 地方公務員も、以前の「親方日の丸」の時代は終わりです。「地方の時代」ですが責任は重くなる一方です。情報公開で地域住民からの監視は厳しくなり、一方で財政再建のための人減らしが進みます。「比較的楽で、安定した職場」など、もはやどこにも存在しません。
 しかし、こうした点以上に問題だと思ったのは、彼らは公務員の役割をわかっていないと思われることです。公務員は「公僕」です。市民が主人で、公務員はその僕(しもべ)なのです。市民の税金で生活する代わりに、市民に公平で公正なサービスを提供するのが使命です。
 納税者の立場から考えれば、すぐにわかることです。私たちが税金を支払う時、その税金でどのような公務員を雇いたいでしょうか。「安定」を第一に働いている公務員ではなく、私たち市民によいサービスを提供しようと必死で働いてくれる人こそ、私たちが必要とする公務員でしょう。税金の重さを理解できる人。それが条件です。そうでなかったからこそ、地方も国も借金で首が回らなくなっているのですから。

 のっけから、なんじゃこの本は、という書き出しなわけです。本のメインテーマはタイトルどおり、大学法人化に至る経緯を、大学側、文科省側、そして影なる仕掛け人たる経産省の側から検証した本なのですが、底流には「大学教職員も、文科省も、国立大学は国民の税金で養われているという自覚を持っていたか?」という視点があるといえるでしょう。また、今回大学法人化で新たに導入されるプランの多くは、実は約30年前に筑波大学で先駆的に試みて十分な効果をあげなかったことの焼き直しだという意見も、国立大学法人の今後を占う上で、傾聴に値します。
 大学法人化に先んじて、国立大学の現状に危機意識を持った東大医学部では内部改革の動きがあり、それを押し留めようとする勢力との暗闘があったという記述もあります。筑波大学の設置・改革をめぐる紛争とともに、これまでにも心ある大学人たちによって様々な改革が提案され、反対勢力との戦いの中で葬られていったのかと、ちょっとうれしくもあり、一方寂しくもあり、複雑な思いにかられました。
 本書は、章ごとに1テーマずつ独立した記述がなされているので、第一章から順に読んでいかなくとも、興味のある章から読んでもわかるという非常に読みやすい構成になっていることも特徴です。
 最終章である「第8章 『経産省VS文科省』という底流」は、その名に惹かれ飛びついて読んでみました。文科省に喧嘩を吹っかけた経産省の行動の底流には、一方で不要官庁と言われながらも、時代をダイナミックに動かしていこうとする経産官僚たちの発想が大きく影響しているとの分析。同感です。優秀な人材が集まり、人材供給基地としての機能を担ってきた経産省。「社会を変えたい」から政界への転向の話がメインとはいえ、人材供給基地というからには、役人廃業(脱・官界)に関する話も書いてありますね…。
 文科省、経産省、大学関係者に限らず、公務員のメンタリティを顧みる観点からもおすすめな本です。ぜひご一読を。

投稿者 nao_yamamo : 16:54 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月04日

ウケ狙いに走ると本末転倒

残念な本がある。テリー伊藤の「お笑いニッポン公務員―アホ役人「殲滅計画」
」である。

テリー伊藤の本は、「お笑い○○省」のころからウケ狙いの面があった。私が公務員在職中も、同僚に「あの本読んだ?」と聞いても、誰一人として相手にしていないような感じがあった。ただ私自身は、ああいう本にはホントもウソ(脚色含む)もあるが、100%ウソだらけということはありえない、という見方をしてきた(基本的に、火のないところに煙は立たない、という立場)。
 テレビでの彼のコメントを聞いていると、結構うなずくところも多いだけに、ウケ狙いに走りすぎて全体としての説得力を落としてしまっているように見えるところが非常に残念である。特に、何でもかんでも公務員の能力をナンパ能力に持っていこうとするところに無理を感じる。サブカル的視点が風刺に重要だということを割り引いても、これでは、ウケ狙いと取られてもしかたない。
公費を節約してマイレージ化すればいいとか、監視性を高めよとか、私も考えていたアイディアも結構あったので、賛同するところも多いのだが、ウケ狙いに走りすぎると、公務員本人たちに相手にされないばかりか、心ある一般読者にも薄っぺらい内容だと取られかねない。

まあ、もともとそういう割り切った本なのかもしれないけどね。

でも、公務員に対する義憤を高めるにはよい本。
私は、正直、そんなオイシイ職場だからこそ「辞めてよかった」とゆるぎない気持ちになった。この本を読んでなお辞めたいという気持ちが揺るがない人ほど、辞めて成功する確率も高いのではないだろうか。な~んて。

投稿者 nao_yamamo : 18:08 | コメント (0) | トラックバック