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2006年01月19日

取材を受けると云ふ事

私がかつて役人だったころ、某省の幹部が、若手職員に対してこんな訓示をたれていた。
「公務員をやっていると、業界や地方自治体関係者など、いろいろな人が頭を下げてくることがあるが、勘違いしてはいけない。『お辞儀は自分(個人)に対してしてくれているのではない。ポストに対してしているのだ』」
なるほどなあ、と当時思っていた。

それと似たようなことが、役所における報道機関の取材においてもいえると思う。
つまり、ごく一部の例外を除けば、公務員への取材は、ポストへの取材である。個人として取材がかかることはまずないといっていい。

私も役人の端くれだったので、役所時代、プレスの取材を受けた経験はある。とはいっても若手だったので、記者と一対一で直接取材の経験はない(そういうのは、通常管理職か、少なくとも補佐以上が対応するもの)。係長レベルで対応するのは、多くは電話取材である。

とはいえ電話の場合、間違ったことを言うと訂正がしづらく、またかかってくるときは突然なので、実は面談取材よりも難しいところもある。

こういった、役所ゆえの「個人に対する取材」ではない「ポストに対する取材」は、ネガティブな取材のときは「如何に言質を取られず逃げ切るか」、ポジティブな取材の時には「如何に正確に良く書いてもらうか」ばかりを考えてしまう。仕方ないことだが、そこに自由な発言などありはしない。(まあごくたまに好き勝手なことを行って役所を混乱させる人もいるけど)

しかし私は役人廃業により、その制約から解放された。実はこの9ヶ月で、新聞記者5回、フリーライター1回の取材を受けた(その割に記事になってないという突っ込みはナシね)が、今の取材は、当然ながら個人に対する取材である。

上記のような理由で、役所時代、ポストに対する取材には常に緊張感が走っていたが、役人廃業の主催者として、個人として取材を受けるようになってからは、取材ってなんて楽しいこと、と思うようになった。

記者の側としては、取材の労をとってもらったのに記事にならず申し訳ない、という気持ちを持たれることもあるようだが、私としては、取材に応じることで自分の考えも整理出来るきっかけだと考えるので、報道されなくても自分としては取材自体からメリットを得ている(楽しい)、と考えている。

ポストに対する取材を受けていた公務員時代からは、まったく考えられなかった感覚である。

投稿者 nao_yamamo : 2006年01月19日 01:27

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