« 嵐過ぎて…その後の役人廃業はどうなる? | メイン | 天下りは多し »
2006年02月15日
建設的な議論をしてみよう
朝日新聞に出る前から、私は定期的に、自分のサイトや名前がWEB上で議論の対象になっているかをチェックしてきた。いままでは、2ちゃんねるで多少「こんなサイト知ってる?」で済んでいたが、やはり朝日に出ると違うもの。当サイトについて、意見する人たちも現れた。
私としては、有意義な議論だと思っているので、怒るつもりもなくて、建設的に議論を受けさせていただきたいと思う。
<以下、「明日への道しるべ@ジネット別館」より引用>
●『生きていて何の意味があるのか』と考えて自殺する若い人に、『ふざけるな、大して生きてもいないくせに意味なんか聞くな』と言いたくなる。
⇒『こんな仕事していて、何の意味があるのか』とさっさと転職する若い人に、『ふざけるな、大して仕事をしてもいないくせに』と言いたくなる。
●20歳やそこらで自分がなんかわかるはずがありません。中身は、空っぽなのです。
⇒20・30歳やそこらで、仕事が何かなんてかわかるはずがない。本当に役立つのは30半ば過ぎてなのだから。
役所の中にいて改革しないと、良い結果がでない。自分のためでなく、国家・国民のために頑張っている公務員もたくさんいると私は信じているので、ちょっとどうかなと否定的です。
<引用終わり>
これに対して、役人廃業.com管理人の意見は以下のとおり。
仕事に意義を感じないのは、まだ意義ある仕事ができるまで自分(の能力・立場)が成熟していないだけなんだよ、と言いたげなこの主張を繰り返し眺めるほどに、「公務員になった人はすべて、数ある職業の中で公務員に(最も)適性があるのだ。軽々に辞めようとするなよ」という前提に立っているように私には聞こえる。確かにそういう人もいるだろうが、そうでない人もいるはず。
公務員に合わないと思う人(あるいは時を待てない人)には退場するチャンスと自由を、が役人廃業の理念だと私は考えている。引用した意見では、待っていることで年齢が増しキャリアチェンジの機会が失われるということをどう考えるのだろうか。
「役所の中にいて改革しないと、良い結果がでない」とのことだが、確かに「役所でないとできないこと」は存在する。しかし「役所(独力)だからできないこと」も、「民間の発意ゆえに役所を動かすこと」も存在すると思う。これは役所の人たちも(口には出さないかもしれないけど)絶対わかっていることですよ。NPOやNGOなど(もちろん民間企業の場合もある)、外部の人間にトリガーを引いてもらって動くことって、絶対あるから。こういったことの存在を否定するのは、官の傲岸不遜だと私は確信してやまない。
官だけでは世の中を改革しきれないという事実を冷静に認識し、官プロパー、民プロパー、官→民シフト経験者、民→官シフト経験者、さらには出戻りなどの多様なキャリアパスを認め、それぞれの強みを活かして社会をもっとよくしよう、という考え方に、ご理解いただけないというのは非常に残念である。
さらにつけ加えて。
当サイトは、別に「自分のためでなく、国家・国民のために頑張っている公務員もたくさんいる」ことをまったく否定していない。実際、私が公務員時代にお世話になった人たちのほとんどはそうだと信じているし。ここを誤解されているとすると非常に心外ではある。
国家・国民のために頑張っている公務員がたくさんいて結構。だけど、自分は民間人に転じて公務員のままではできないこと(営利/非営利の両方がある)をしたいと思った人が辞めてなぜいけないのだろうか。
役人廃業者の体験談を見ても、自分は役人廃業しつつもなお公務(員)の重要性を認めている人がけっこういる。役人廃業とは、公務をおとしめようとするものでは決してないというのに…。
投稿者 nao_yamamo : 2006年02月15日 02:05
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.yakuninhaigyo.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/407