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<title>［公務員プラス］セカンドキャリア情報</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/</link>
<description></description>
<language>ja</language>
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<item>
<title>竹馬に乗って仕事の中央官庁時代。裸足で地面に立って何ができるか？</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job1/</link>
<description>東大理学部卒→国家公務員上級数学職合格→経済企画庁入庁→ＯＥＣＤ出向中のまま退職→霞が関の研究所のフェローとして勤務しながら内閣府非常勤スタッフに登用。

いったん霞が関を去りながら、違うかたちで復帰を果たした鶴光太郎さんです。官→民→官の「出戻り」の可能性を考える上で大変参考になるインタビューです。

東大理学部卒→国家公務員上級数学職合格→経済企画庁入庁→ＯＥＣＤ出向中のまま退職→霞が関の研究所のフェローとして勤務しながら内閣府非常勤スタッフに登用

&lt;strong&gt;―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;なぜ公務員になったのですか。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　私は理系の出身です。教養学部のころは大学院に進もうかと考えていたのですが、数学科に入り、周りを見渡すと逆立ちしてもかなわない天才がごろごろしている。とても太刀打ちできないと思い知りました。また、よく理系の人間は現実社会にはあまり関心がなく、専門分野に集中しがちといわれますが、私は文系の分野も興味がありました。そのため、数学的な思考も活かしながら広く世の中も見てみたいということで、旧経済企画庁で官庁エコノミストを目指すことにしたのです。
&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:#990033;&quot;&gt;大蔵省の経済職というルートもあったのではないですか。
&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;span style=&quot;color:#990033;&quot;&gt;&lt;strong&gt;　&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;確かに東大などの理系出身で国家?種（旧上級）の経済職に受かり、大蔵省に入る人もいます。でもやはり主流は東大法→法律職ですよね。理系出身で中央官庁に入ると、技官として採用され、事務官と区別されるのが普通です。それゆえ、出身学部や試験区分で差別されることはないと聞いていた経済企画庁を選びました。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:#990033;&quot;&gt;退職を考えるようになったきっかけは何ですか。
&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;span style=&quot;color:#990033;&quot;&gt;&lt;strong&gt;　&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;入庁１０年目、ＯＥＣＤ（経済協力開発機構）に出向し、当初の３年の任期が切れるときに「もうちょっとこっちで働きたい」という思いが強く、親元とも掛け合ってＯＥＣＤ内での異動による任期延長を認めてもらいました。

　ただ、延長された任期の途中で親元から帰国するように言われました。任期の途中であり、手がけていた仕事を最後まで続けたいという気持ちが強かったですね。ＯＥＣＤもサポートしてくれたのですが、親元には認めてもらえず、思い切って辞める決断をしました。経済企画庁に本籍を置いた国家公務員としては、ＯＥＣＤ在任期間を含めて１５年間勤務しました。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;役所の仕事自体に不満はなかったですか。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　私自身、役所での仕事自体に不満があったわけではありません。むしろ、ポストや仕事には随分恵まれていた方だと思います。ただ、当時は省庁再編の直前期でした。経済企画庁は大内閣府に統合され、経済財政諮問会議も発足することが丁度決まった時期でした。自分自身の海外経験から、これからはジェネラリストでは通用しない、一人ひとりの職員がキャリア（経歴）を専門化していかないと生きていけないという思いは強かったですね。

　しかし、旧経済企画庁の人事というのは、通常の政策官庁にある連絡調整・総括業務、俗に「雑巾がけ」と呼ばれていましたが、それといかにも経済企画庁といった専門的な調査業務を交互にやらせることが多かったです。いわば、前者の「ご苦労さん」として後者で「骨休め」があるといった感覚です。これでは研究者・エコノミストとして日進月歩の経済学の世界についていくのは無理と思いました。

　私も、当初は日本へ戻ることについて親元の秘書課と話をしました。その際、自分は今後スペシャリストとして生きていきたいので、出世が限られてもいいから、専門ポストにいつづけられるような人事配置というのは考えられないかという話をした覚えがあります。しかし、そんな悠長な話をしている雰囲気はなく、まともに聞いてはもらえませんでしたけど。

　また、海外勤務でもう一つ痛感したことですが、経済分析の世界でスペシャリストを目指すなら、Ｐｈ．Ｄ（博士号）を持っていないと相手にされません。だからいずれ学位をとりたいと思っていましたが、日本に戻ればそれもままならない。

　ということで、辞める決断に至りました。秘書課の先輩方は辞めるまでの決断をしていたとは思っていなかったようです。ただ、自分も秘書課の側であったならば、「戻ってこい」と言っていたでしょう。それが組織の当然の論理だと思います。

　最近、霞ヶ関でも政治任用的な要素もからみ、官民問わず政策の中枢に入っていくような人材もでてきました。実際、私自身がそれに乗っかるかたちで古巣の内閣府に出入りするようになったため、先輩・後輩の方々もやや複雑な思いがあるかもしれません。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:#990033;&quot;&gt;ＯＥＣＤの任期が切れて日本に帰国した後のことを教えてください。
&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;span style=&quot;color:#990033;&quot;&gt;&lt;strong&gt;　&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;私が役所を辞めたことを心配してくださった留学時代の先輩がいまして、一時的に日銀の金融研究所にお世話になることになりました。その後、旧知であり、所長就任が決まっていたスタンフォード大学の青木昌彦先生のお声がけで（独）経済産業研究所のシニア・フェロー（上席研究員）になる機会を得ました。

　フェローになるに当たって、たくさんのアカデミックな業績があったわけではないのですが、それまでの仕事ぶり全体を見て評価していただいたのかと思っています。
　こうしてお話しすると順調な人生のように思われそうですが、そんなことはありません。役所を辞めるときは足下はともかく将来的な不安はありましたね。

&lt;strong&gt;―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;大学の先生になるという道はなかったのですか。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　大学の先生になると、狭い専門分野について、高度な知識と理論で重箱の隅をつつくような研究に入っていかざるを得ない部分があります。しかし私がやりたいのは、狭い分野に限定するのでなく、大局的な観点から、経済システムや制度を分析し、現実の経済や政策に影響を与える仕事です。

　役所を辞めたとはいえ、もう一度、特定の立場にとらわれることなくオールジャパンの立場から経済分析し、政策提言をしていく、それが、非公務員型独法という当時ではまったく新しい発想で船出しようとしていた経済産業研究所でできるのではないかと思ったわけです。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:#990033;&quot;&gt;最近は、官庁エコノミストより投資関係の民間エコノミストの評価が高いような気がしますが。
&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;span style=&quot;color:#990033;&quot;&gt;&lt;strong&gt;　&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;たしかに、バブル崩壊後の官の威信崩壊などにより、現在では民間エコノミストの方がもてはやされていますね。ただ、民間には民間ゆえの限界もあると思っています。彼らはどうしても投資家のほうを見ますから、ウソは言いませんが、自分を売るためやや誇張して発言しがちです。
　また、分析や議論の一貫性や取り上げる分野の包括性も弱いかもしれません。本来なら、あまねく分野を、そして物事の表裏両面から分析しなければいけないはずで、むしろパブリックだからこそやりやすいという面はあります。

―&lt;strong style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;先ほどお話があったように、中央官庁に「復帰」されましたね。&lt;/strong&gt;
　２００６年１月に、当時の経済財政担当の与謝野大臣が歳出入一体改革を進めるために大臣直属の専門家チームを作ることになり、私にもお声がけがありました。２００６年の骨太方針の策定までこの「与謝野組」チームに加わり、非常勤で内閣府をサポートしていました。これまでの研究を実践する場を与えられたと思っています。
　現在着任している政策企画調査官のポストは、現在の大田大臣から手伝ってほしいと言われて、随時ですがアドバイスなどをしています。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;現在の本務である経済産業研究所のお仕事について教えてください。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　こちらは独立行政法人なので立場は非公務員です。研究員の身分は任期制で、２００１年度に着任して以来、論文を書いたりした業績を査定され、最初は３年で更新、以後は１年ごとに更新しています。したがって、身分が保障されているわけではありません。不安定ではありますが、一方で流動性の高い雇用、競争的環境を追い求めた結果、できあがった仕組みとも言えましょう。

　こうした機関を作ったのは、省庁再編直後の当時の霞が関としては大きな試みでした。これは独法の共通した問題と思いますが、出資金という税金で運営されている以上、政府と同様の規律が求められる、しかし、独法としての自由度が最大限活かされてなければ存在意義がない。経済産業省との距離感も含め、まさにこれまで試行錯誤を繰り返しながらモデルができてきたように思います。

　私自身は一度霞が関を去ってから戻ってきたこともあるので、研究の自由とその限界、理想と現実の狭間でまったく悩まないと言えば嘘になります。ただ、霞ヶ関から出たつもりが気づいてみたらまたその中心に近いところに戻ってきている。もともと、公に携わる仕事をしたいと思って公務員なったわけで、その原点に戻るのも悪くないなと思うに至っています。役人への「出戻り」みたいで格好悪いところはないとは言えませんが（笑）。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;「どこで働くか」「何をするか」についてご意見がおありとか。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　これまで仕事を選ぶ場合、「どこに所属しているのか」が重要でした。つまり、「所属が仕事を決める」ということです。でもこれからは「自分が何をやりたいか」という軸は変わらないが、それを最もよく実現できる場所を求め、働く場所を変えていく時代になっていくのではないかと考えています。つまり、「仕事が所属を決める」ということです。

　そうなると、私のように、官から民、民から官に戻ることもまったく不思議ではなくなるかもしれません。だからこそ、行政にいる人は今以上に民がよく見える位置に立つべきだと思います。両者の境界の「垣根」は高すぎないようにすべきです。

　公と民の境界はなくなりませんが、「垣根」が低くなっていくべきだし、相互の移動や風通しはもっとよくなるべきです。その点からいえば、「官から民」へという一方的な流れの議論には違和感も感じます。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;公務員を辞めたことによるメリット、デメリットを感じることはありますか。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　経済企画庁は組織も小さく、利権もありませんでしたが、勤めていたときはこの組織だからこそできる、認めてもらえるという部分も多かったです。例えると、役人というのは「竹馬」に乗って仕事をしているとでも言えましょうか。

　あらかじめ敷かれた役人の「レール」に乗っていれば、天下りも含めて一生「竹馬」に乗っていることすら気づかずに生きていけるんですね。
　しかし、役所を辞めると「竹馬」をおり、人事・出世の「レール」もなくなります。出世競争という意味では「レール」の上を疾走することはそれなりに大変でしょうが、進路が定まっていたという意味では楽かもしれません。辞めると「レール」を自分で敷くところから始めますので。

　しかし一方で、地べたに足をついて歩くのも案外、快感なんですね。気づかない「竹馬」に乗っているのと、自分の足で地べたを歩くのとどちらが幸せ？と思ったとき、後者に気づいた私は、その分、人生が一つ豊かになったな、と思っています。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;辞める際のご家族の反応はいかがでしたか。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　退職＝海外生活続行、勤務継続＝帰国という二者択一だったところ、家族のなかにも海外生活を続けたいという意見があったため、退職という選択に反対はありませんでした。まあなんとかなるでしょう、という楽観ムードでした。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;かつての行政経験は今に役立っていますか。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　はい。研究するにも政策立案のサポートをするにも、行政実務の経験があったほうがいいと思います。公務員時代にさまざまな研究者と仕事上で付き合いがあったことも、現在の仕事上の財産になっています。それは自分の足で地道に歩いていくためのよき応援者になっていただいています。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;公務員制度改革についてご意見がありましたら。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　いま現職の公務員たちに頑張ってもらうためには待遇を上げるべき、という意見に賛同します。志だけで頑張れというのはやはり矛盾していると思いますよ。公に対する信頼も失墜しています。学生のアンケートで、リーダーになりたいという人の比率が減っているのも残念なことです。

&lt;strong&gt;
―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,0);&quot;&gt;公務員を辞めようとする方に対するアドバイスがありましたら。&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;
　社会人になる最初の選択の時点でいったん民でなく官・公を選んだのなら、その思いを抱えたまま、いったん民に出て行く。民で官・公の志を持ちながら仕事をやる人、再びその経験を生かして官・公に戻ってくる人、そういった人が増えれば日本はもっとよくなるのではないかと思いますね。

&lt;strong&gt;
&lt;span style=&quot;color:rgb(255,0,51);&quot;&gt;―&lt;span style=&quot;color:rgb(153,0,51);&quot;&gt;長時間にわたりご協力いただき誠にありがとうございました。&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;
&lt;/strong&gt;</description>
<pubDate>Thu, 31 Aug 2017 09:55:36 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>国は頼れない。最後に頼れるのは自分だけ。自衛官から起業へ。</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job111/</link>
<description>航空自衛隊に幹部候補生として入隊の後、起業のため退職されました中田さんのインタビューです。

&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;－本日はインタビューに協力いただきありがとうございます。では、公務員時代のお仕事内容から聞かせていただけますでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　防衛大学校を卒業後、航空自衛隊に入隊し、様々な配置を経験しました。

&lt;strong&gt;○２００５年４月～９月　　&lt;/strong&gt;

航空自衛隊幹部候補生学校入校しました。生活自体は防衛大学校の延長でしたが、とにかく、航空自衛官として必要な知識や幹部自衛官として必要なスキルを身に着けさせるために詰め込みの教育訓練を受けました。
特に、２４時間かけて、真夏の暑い中、６０km徒歩行進をしたのは思い出深いです


&lt;strong&gt;○２００５年９月～２００６年６月　&lt;/strong&gt;

航空機整備幹部という職種に配置され、那覇基地勤務になりました。
しかし、２か月間の部隊勤務の後、再度、静岡県浜松市にある第一術科学校に航空機整備を学ぶため入校しました。思い出深いことは、F-15戦闘機のエンジン始動をしたことです。


&lt;strong&gt;○２００６年６月～２００７年６月&lt;/strong&gt;
那覇基地、第８３航空隊南西支援飛行班整備小隊長として勤務しました。T-4を４機保有し、その整備をしている部署でした。

２３歳にして、初めて部下整備員１０名（１９歳～５３歳）を持ち、部下整備員のマネジメントと、パイロットに航空機の整備内容を説明する業務をしていました。航空機の実知識がほとんどない状態で、航空機の品質維持をするための部下整備員に対する教育と、パイロットへ整備内容を説明するのに奮闘していました。

&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;
  &lt;img src=&quot;https://www.yakuninhaigyo.com/img/katou01.jpg&quot; style=&quot;float:left;&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 　&lt;strong&gt;○２００７年６月～２００８年１１月&lt;/strong&gt;
  
  3那覇基地、第８３航空隊整備補給群修理隊エンジン小隊長として勤務しました。
その時、部下が５０名になり、大人数を指揮することの難しさを感じました。また、那覇基地に配置する戦闘機をF4からF１５に変える大きな事業があり、新施設の建設や整備員の教育訓練計画の作成と実行に奮闘したのが思い出深いです。

&lt;strong&gt;○２００８年１１月～２０１１年５月&lt;/strong&gt;
　美保基地勤務（鳥取県）になり、第３輸送航空隊第４０３飛行隊整備小隊長になりました。ここでも、部下隊員は５０名いましたが、整備員に加え、フライトエンジニア（航空士）もいて、非常に勉強になりました。
転勤する２か月前に、東日本大震災が起き、２４時間、整備員を指揮し、輸送機を整備し続けたのが思い出深いです。

&lt;strong&gt;○２００１１年５月～２０１２年７月末&lt;/strong&gt;
　新田原基地勤務（宮崎県）になり、航空救難団新田原救難隊整備小隊長になりました。ここでは、航空救難（那覇のF15が墜落し、パイロットを捜索するという事案がありました）や災害派遣などの実任務があり、やりがいはありました。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;－辞めようと思われた経過などをお話いただけませんか。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　次のような経緯があります。

１「石コロと言われていた防衛大学校１学年時」
  防衛大学校では、よく１学年を「石ころ」、２学年を「人間」、３学年を「上流貴族」、４学年を「神様」と言い、先輩が後輩を育てるという教育指導を行っています。

当時の防大では、「理不尽」が「美学」であり、「理不尽」に耐えられる精神力をつけることを主眼に、先輩からの教育指導を受けていました。その中、私は落ちこぼれ学生でしたので、さらに厳しい教育指導を受けていました。

今思えばいい思い出ですが、当時はかなり精神的に参ると同時に、教育指導の在り方について凄く考えるようになりました。
  
  
  ２　「松下幸之助の本との出会い」
教育指導の在り方を考える中、私はある日、ある先輩からの勧めがあり、松下幸之助の本、「君に志はあるか」という本に出会いました。

私はかなりの衝撃を受けるとともに、世界観が爆発的に広がった記憶があります。そこに、私が理想とする教育の在り方があったからです。その頃から、松下幸之助の本を読みあさるとともに、色々なビジネス書から学問の本まで読むようになりました。 


３　「航空自衛官としての時代」
  私は、ビジネスに凄く興味があるものの、何をしたいかがわからなかったため、防大を卒業し、航空自衛官になる道を選びました。そこでも、やはり教育指導の在り方について疑問もあり、反発心からビジネス書ばかり読んでいました。


４「起業を決意」
  組織が硬直しきっていため、「何かをやろう」や「新しいことに挑戦しよう」という意志が年を取るにつれ、失っていく人達がいる現状があったのです。
  
私は強い危機感を感じるとともに、人の「意志」というのは尊いものがあると感じるようになったのです。そこで、私は、人の「意志」の実現を支援できる人間になろうと思いました。

でも、どのように人の「意志」を実現する支援をするのか？を考えた時に、私にはビジネス経験もなければ、起業スキルもないのです。私はそのため、やりたいことはあるのに、それを実現するスキルがない現状に、もがき苦しんでいました。

でも、ある時、発想を変え、自分がそのようにビジネス経験もない、起業スキルがない人間でも起業しやすい社会を作り、２０代、３０代の起業家を育て独立起業を支援していけばいいじゃないかと思い決意しました。


  　このように将来定年まで自衛官をすることに満足はないだろうと考え始め、本格的に退職の準備を始めたのは2011年夏ごろです。
退職し起業を目指すことで、自分自身をもっと発信したいとともに、受け身な生き方をしたくないなと考えていました。

そして、2012年5月頃に退職を決意し、30歳の誕生日となる7月31日で退職しました。
誕生日や30歳の誕生日は偶然なのですが、よい区切りになったかなと思います。
上司からの引き止めについては、直属の上司とその上の上司が転勤で変わったばかりのタイミングで申し出たため、引き止めはあったものの長くはかかりませんでした。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;－退職後はどのような活動をされたのでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  　
　現在は、コンビニや塾講師などアルバイトをしながら自営業という名の実質、起業準備を始めました。コンビニを選んだのは、小さなスペースにマーケティングのノウハウが詰まっているのではないかと考えたからです。

　また、防衛大学校の先輩が経営されている経営コンサルタント会社で経験を積ませてもらいながら、公務員のようなビジネス経験がない人間でも起業しやすい社会を作り、２０代、３０代の起業家を育て独立起業を支援するためのアプローチをどのようにしていくかを考えるとともに、自分ブランドを構築するために、積極的にブログで情報発信しています。自分ブランド構築のために「独立起業を支援する戦略幕僚」という言葉を育てていきたいと考えています。

今後は、組織に頼らず、自分の力で稼げる人間になりたいと思っています。

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;－実際に退職され自衛官時代とは何か変わりましたか？&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  　自衛官時代は、どんなに頑張ってもできることの限界を感じていましたが、今は頑張った分だけ跳ね返ってくるものがあり、さらに無限の可能性も感じ、毎日ワクワクしながら過ごしています。

特にビジネスを実践で学ぶことは非常に新鮮であり、毎日が楽しくてしょうがいないです。正直、不安などなく、孫正義風に言えば、根拠のない自身があります。

また、人に対してどのような貢献ができるのかを考えるのは非常に楽しいですし、仕事のやり甲斐は自衛官自体よりもさらに充実しています。
確かに収入面では多少まだ厳しいところもありますが、今のところ辞めたデメリットは特に感じていません。思いつく限りやり続ければ、一生後悔することはないと思います。

  
  &lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;－同じく公務員を辞め、起業をしてみたい方へアドバイスなどあればお願いします。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　起業への本気の意思があるようでしたら是非やったほうがいいと思います。
今後の日本社会は、国に頼りぱっなしの生き方では生きていくのは困難だと思いますし、個人事業主がさらに増え続けるとおもいます。

言い換えれば、生きていることがすでにリスクであり、日本に安全地帯はないとも言えるのではないでしょうか。それだったら挑戦しませんか？と皆さんに投げかけたいです。
自分に素直になり、ワクワク感や危機感を感じるものに、突き進んでいけば、自然と道が開けると思いますので、ぜひ一緒に頑張っていきましょう。
&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;－取材にご協力いただきありがとうございました。！  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　


&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;&lt;span style=&quot;color:#000099;&quot;&gt;【編集談】&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
　防衛大学校を卒業後、そのまま自衛隊に入隊される方は約400名ほど毎年おられるそうです。そのうち退職されるのは一般公務員と同じようにあまり多くはなく、特に中田さんのように起業のため退職される方は珍しいとのことです。

中田さんの目標とされている「公務員のようなビジネス経験がない人間でも起業しやすい社会を作りたい」という理念には大変共感できます。今後の中田さんのご活躍を心よりお祈りしたいと思います。（2013年1月公開）</description>
<pubDate>Wed, 04 Jun 2014 10:14:25 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>公務員退職から25年。公務員退職者のその後を長期で考えてみよう。</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job134/</link>
<description>公務員を辞められて25年が経過された前田様のインタビューです。公務員プラスのインタビューのうち、最も退職からの年月が経過された方になると思いますので、インタビューをぜひお読みください。


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;本日はどうぞよろしくお願いいたします。まず、公務員時代のお話からお聞かせいただけますでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

国際社会がまだ冷戦構造にあった大学時代、私は政治や外交そして歴史に興味と関心を持ちそれらに関連した本を読みながら自分の将来に思いを馳せる生活を送っていました。

国際法を専攻していたことから外交官になろうと思い外務省専門職員試験（旧外務省職員中級試験）を目指しておりましたが合格する難しさから3年生の半ば頃挫折しました。

就職活動では民間企業も数社受験しましたが政治と接点がある行政の仕事が自分に向いていると思い直し地元に戻り県庁に入庁しようと思いました。そして、1981年卒業、無事茨城県に入庁しました。最初の配属先は本庁農林水産部で、2年間農林水産省補助事業を担当しました。


事業主体である市町村と所管官庁の農林水産省との連絡調整をしながら事業の計画と実施をチームで担当しました。詳細は忘れましたが東京や県内市町村によく出張し、予算編成の時期には毎日のように深夜まで残業したことが今では良い思い出となっております。
その後、福祉事務所で生活保護、さらに本庁土木部で下水道事業を担当しました。

それと仕事とは直接関係ありませんが県庁や市町村の場合、上級、中級、初級　事務　技術など採用時の試験区分による昇進の違いなどは国家公務員と違ってほとんどないと思います。これはたいへん良いことだと思います。

&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―6年間勤められ退職されたということなのですが、公務員を辞めようと思われた経過などをお話いただけませんか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  県庁での仕事は上司・先輩・同僚に恵まれ楽しくやりがいがありました。
しかし同時に公務員の世界は前例踏襲を倣い（ならい）とし、何かと上下をつける権威主義の空気があり、そして年功序列の硬直した組織であると当時の自分には映りました。

しかし今考えるとそれは役所だけに限らない、どのような社会や組織にもあるひとつの側面であって全体を映しているものではないのです。社会や組織はもっと複雑なものです。

当時仕事と生活に「変化と刺激」を求めながらも経験が浅い若かった私は「自分は公務員に向いていない」と思い始め入庁３年が経つ頃には閉塞感のある日常を送っていたように思います。チャレンジ精神が生かせるクリエイティブな仕事を求めていました。

入庁5年後に結婚をしたことが大きな転機となりました。妻の実家が従業員10人ほどの機械工具販売会社を経営しており後継者もいないことから思い切って退職いたしました。
県庁職員は地方では一種のステータスです。安定した職業をやめることで両親にも心配されましたが、最終的に新しい道と可能性を求めて退職することを決断しました。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―転職後のお話を聞かせていただけないでしょうか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
入社後すぐに一営業マンとなり毎日得意先訪問に明け暮れました。それ以来営業一筋で約20年間働きました。そして、7年前に社長になりました。


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職され25年ということですので、公務員時代よりも民間企業時代の方が長くなったと思われますが、公務員時代と今とでは何か変わりましたか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
 
公務員を退職して自営など社長の立場になる方もいると思いますのでその視点で答えたいと思います。
社長というのは孤独です。その理由は判断することが仕事の中心であり最終決断をするのが社長の役目だからです。「孤独」とうまくつき合うことが大事だと思います。

また肉体的精神的に健康でなければ正しい判断ができませんから健康や食事には気を使っています。
会社経営で大事なのは「総合力の結集」だと思います。

会社内外の人間関係を生かし、市場と現場を読み解き、会社を取り巻く環境を分析し、そこから導き出される情報に基づいて総合力に変えることです。


社長になると社員時代と大きく違って感じるようになるのは「コスト意識」です。何か行動するときは「投資」なのか「経費」なのかあるいは「投機」なのか考えます。　

そして日常的に無駄を排除し物でも情報でも整理整頓を心がけています。
モチベーションを保つために心のリフレッシュをすることは大事な投資だと考えるようになりました。
最近思うことは、役所も民間企業も結局のところ仕事という本質的な部分では変わらないということです。目的はそれぞれ異なっていますが、目的を達成するために計画を練り、実現に向かって進んでいくことに両方違いはありません。
&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員時代の経験が活かされていることはありますか？ &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
役所というのは中小零細企業と比べてとても大きな組織ですので、マネージメントのためにも職務分掌（しょくむぶんしょう）で成り立っております。システムとしての組織作りは学ぶところがあります。小さな会社は一人で多くの職務をこなさなければなりませんが仕事である以上職責が伴います。職務と職責と分担のバランスをどのように考えるか役所の経験が生かされていると思います。

役所では多くの職員を目的のため機能的に編成し、かつ職員それぞれの心理や士気を巧みに仕事や組織に反映させる手法は、「人が財産」である今の会社経営に大変参考になっています。


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―今後、目標とされたいことは何かありますか？&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
まだ年齢的には早いかもしれませんが後継者を作ることです。
これを実現することで、これからも時代の変化とともに力強く生き残る適応力のある会社にしていきたいと思います

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようかなと迷われている方へアドバイスなどあればお願いします。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
公務員を取り巻く環境は私が在職した30年前と比べて随分変化していると思います。
公務員バッシングが盛んな昨今ですが、これはバブル崩壊後の長い不況から世間の「やっかみ」と「あこがれ」が混じり合って反映されているものだと思います。

その証拠にバッシングの一方で就職したい職業ランキング上位に公務員があります。
確かに公務員の世界を外側から見ると平均的な社会と比べてまだまだ恵まれていると思います。特に地方においては他の職業と比較してこの状況は相対的に変わらないと思います。

したがって公務員を辞めようか悩んでいるなら公務員にとどまるべきだと思います。
 あくまで「自分にとって」公務員の良いところと不満なところをよく整理して考えてから辞める判断をするべきではないでしょうか。
 
 
 そして決断をする前に公務員だけでなく民間の世界を良く知る複数の人たちの意見に耳を傾けることが大事だと思います。
今や民間大手企業でも年功序列や「寄らば大樹の陰」的な安定志向と権威主義は大部分姿を消していると思います。

また役所も公務員制度改革などにより、中央も地方も改革が行われており、たとえば斡旋型の「天下り」や同期入省入庁的な「横並び人事」は近い将来なくなると思います。これからは民間との人事交流も今以上に増えていくと思います。じっくり考えて決断されることをお薦めしたいと思います。


しかし、これだけは言えると思います。
たとえ公務員の世界で長年生きてきた方でも仕事の目的と成果を常に考えて職務に励んできたならば、どのような民間企業に再就職されても十分に通用されることと思います。
&amp;nbsp;


  
  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;  ―公務員を辞めて起業されようと考えている方へのアドバイスなどあればお願いします。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
公務員を辞めてゼロから起業することはかなりのハイリスクだと思います。
たとえ製品やサービスが技術的に良いものでも企業である以上「営業力」が必要です。資金的な準備は言うまでもありません。

また事業を継承する目的で公務員を辞める場合ですが、たとえリスクがなくても体力的精神的に大きな負担があります。創業者などが長い間に作り上げたもの（会社）というのは本人が考える以上に何倍も大きくて重いものがあります。オーナー会社は特にそうです。たとえ自分の考えや行動が正しくても一朝一夕では世間には認められないものです。やはり民間の世界は実績と実力主義で成り立っていると思います。

これらを前向きにとらえ、逃げることなく自分のなかで消化できる自信があるならば、公務員に踏みとどまるにしても、あるいは退職して新しい道を目指すことになっても将来を含めて良い結論が出るのではないでしょうか。


最後に起業を志向する皆さんにぜひ行なっていただきたいことがあります。

公務員の世界は多くの人たちが集まっている組織ですから、上司、部下、同僚の方々そして行政サービスを受ける一般市民に対して「このようにすれば相手に喜んでもらえるのではないか」「このようにすれば仕事がスムーズに進むのではないか」などを想定しながら日頃から対人関係に注意を払いサービス精神の向上を目指して自分なりの訓練をしていただくことです。
人間関係を円滑にして仕事を進めることや現在の仕事に様々な改善の提案をすることは起業後の社内の人間関係や顧客満足度の向上に結びつくでしょう。サービスに対する報酬が結果的に利益につながることを学ぶことになると思います。
&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―取材にご協力いただきありがとうございました。今後の前田様のさらなる社業発展をお祈りしております。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
　（2014年2月公開）</description>
<pubDate>Wed, 19 Feb 2014 16:16:19 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>「公務員からの転職はオワコン？」公務員プラス（前名称、役人廃業.com）の初代管理人様からの寄稿文</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job140/</link>
<description>特別寄稿として、公務員プラス（前名称、役人廃業.com）の初代管理人、山本直治さんからいただきました寄稿文「公務員からの転職はオワコン？」です。


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員からの転職はオワンコ？ &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

少し前、某新聞のエッセイ欄で、「“○○”って、もはやオワコン、いやそもそもオワコンって言葉自体がもはやオワコンかな」というような記事を読んだ。
御存知の方も多いかと思うが、オワコンとは、「終わったコンテンツ」、すなわちブームや話題のピークを過ぎ、下り坂にある、またはすでに廃れたコンテンツのことだ。


  公務員を廃業し、別の仕事に転職を試みるという、突飛な発想をもとに作られた「役人廃業.com」というサイトが、今から１０年ほど前にスタートした。
  各種メディアにも何度か取り上げられ、知る人ぞ知るサイトではあったが、２年ほど前、下記で述べる経緯で、オワコンになったと考え、ひっそりと更新を停止した。
  
  
ところが昨年、サイトは（株）くらしナビ社長の須田氏の計らいにより、「公務員プラス」のコンテンツの一部として移管・再開され、息を吹き返すこととなった。
このことについては、大変喜ばしく思うとともに、感謝の念にたえない。

今回、新サイトの管理人である須田氏から、サイト開設10周年のタイミングに合わせて寄稿のお声掛けをいただいたので、この機会に、当時の思いを振り返ってみることにしたい。

&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―役人廃業.comの登場した背景  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  さて、そもそも当時、「役人廃業.com」（以下、「このサイト」という。本稿では特に断らない限り「公務員プラス」移管前のものを指す）はなぜ始まったのか。
  
  誤解されがちだが、このサイトが始まったのは、まだ北海道夕張市の破たん（事実上、自治体経営破たんによる初めての地方公務員リストラ）が取りざたされるより前のことだった。
  
当時、世の中的には、相次ぐ公務員バッシングの延長で、「公務員にリストラがないのはおかしい」という声が喧しい一方で、「公務員を辞めた人は民間で役に立たない」とも言われていた。


だが、この２つの命題を単純に組み合わせたらどうなるだろう。クビになった公務員に行き場はなく、「公務員をリストラしまくれば生活保護が増える」なんてことになりかねないのではないだろうか。しかし当時、そのことを指摘する人はほとんどいないように見えた（そもそも当時は生活保護も今ほどクローズアップされていなかった）。

そこで、この点を解消する道として、


「公務員＝無能との偏見を薄め、公務員から民間転身への道を開く」
「公務員＝終身雇用ということに胡坐をかく（もしくはその呪縛）からの脱却」


に向けて、官民の間に立ちはだかる雇用の壁に少しでも風穴を開けられれば、との思いで、公務員からの転身を成し遂げた人の経験談を情報提供するサイトを始めたのだった。

&amp;nbsp;


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―転機の訪れ  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  こうして、このサイトの「キラーコンテンツ」とすることを目指して、“役人廃業者”に対するインタビューが始まった。
  しかし、足掛け数年、数十人と続けていくうちに、このサイトの試みは、どうやら砂漠に水をまくようなものではないかと痛感するようになった。サイトを始めた当初は、時代の趨勢を先取し、これからもっと社会からのニーズが高まる情報サイトだと思っていたのだが、必ずしもそうはならなかったからである。
  
たとえば、それこそ夕張市や社会保険庁の問題が騒がれたころは、これからは公務員の大リストラ時代が始まるかもと戦々恐々とする向きもあったが、自治体経営に改善が図られたためか、その後は、公務員の大きなリストラ騒ぎは起きていない。

また、いまでもどこかの政治家が、公務員の身分保障をなくすべきみたいなことを時々吠えているが、ごく一部の強硬な公務員バッシング主義者を除けば、民間勤めの人を含めた世の中の多くの人は、そこまで「公務員の特権的身分」をなくせ、とは思っていないように感じる（その証拠に、そういう政党が政権を取ってバッサリ、ということには現在なっていない）。

おそらく、国民の多くは、過剰な公務員バッシングには百害あって…と考えるようになったのではないかと思う。

もちろん、こうした状況は、よいことであるといっていい。
ただ、その分、このサイトの運営意義は薄くなっていると感じるようになった。





  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員からの転身は特別なのか  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
 
 上で触れた社会状況のほかに、サイト運営に対する私の心境の変化もあった。
 実は、公務員からの転身を成し遂げた人たちにインタビューを敢行する際、私には、追いかけていた隠れたテーマがあったからだ。
 
 それは、公務員を辞めた人たちは、普通の人と比べて何か変わった特徴があるのか、ということである。

８年ほどにわたるサイト運営において、この問いに対して私が出した答えを述べるなら、見方によってイエスともノーともいえる、といわざるを得ないだろう。
つまり、一生辞める気のない普通の公務員と比較すれば、“役人廃業者”はあまりにも変わった決断をした人たちである。

だが、安定大企業に入っても脱サラする人はいるから、“役人廃業者”は、たまたま勤め先が役所だったというだけで、安定した大組織から転身を考えたという意味では大手民間企業を辞めた人とはそこまで大きな違いはないこともわかってきたのだ。

  


&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―何のための転職体験談なのか &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  要するに、サイトの運営をしていて分かったのは、ほとんどの公務員は転身に向かないし、興味もない。
  また、多少の比率の差はあっても、民間の安定企業勤めの人もこの傾向は同じということだ。
  
  さらに、（公務員退職後の）人材コンサルタントとしての経験から、日本の雇用社会・制度全体が、まだまだ正規労働者の転職や独立起業に対して、必ずしも優しくない（親和性のあるものになっていない）現状があることも知った。
  

私としては、インタビュー原稿の掲載を通じて、公務員が民間でも通用することを世の中に投げかけ、踏み出そうとする後進に勇気を与えたいと思って続けてきたのだが、社会全体の状況が、必ずしも正規社員の雇用流動化に向かって進んでいるとは言い切れない中で、公務員が民間に転身できたレアなケースを紹介したところで、せいぜい、「へえ、こんな人もいるのか」とあくまで読者の興味本位の読み物になる程度なのだ。

もちろん、それも情報提供としては決して悪いことではないが、公務員の民間転出を促進する効果などは、ほとんどないだろう。

いや、そんな結論は、実はサイトを始める前から見えていたのかもしれない。
だが、一度はチャレンジしてみたかったし、その価値はあったと思う。大げさに言わせていただければ、このサイトの活動は、「公務員の自己都合退職による民間転出支援・意識改革の社会実験プロジェクト」だったのだ。

  



  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―サイトの終了～今後は&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  サイトの運営に迷いが生じていた３年ほど前のこと。プロジェクトを終了させる決断に至ったきっかけは、自ら出した『公務員、辞めたらどうする？』について、出版社から絶版の連絡があったことだった。いい潮時かと思ったのだ。
  
もっとも、サイトに掲載していたインタビュー原稿は、読み物としては価値のあるものであり、サイトの更新停止後もアーカイブとして残すべきと考え、そのまま維持していた。


その後、公務員からの退職に限らず、公務員への就職、勤続も含めた情報提供サイト「公務員プラス」の一部に加えていただき、コンテンツの保存・活用が図られていることは光栄の限りであり、感謝申し上げたい。

最後に、今後私がまたなんらかのサイトを開設し、運営するかどうかについては、「これだ」と思うテーマがあるかどうかによるので、なんとも言えない。
役人廃業.comがスタートしたころには、ツイッターはなかったし、ＳＮＳもそれほど普及していなかった。当時はブログが普及しはじめたころだったか。このようにネットの潮流も、さらにはスマホの出現のように情報端末のプラットホームさえも変わる中で、作者がモチベーションを持って続けていけて、読み手も付いてくる面白さをもったコンテンツというのは、そうそうないのかもしれない。

とはいえ、役人廃業.comをご愛読くださったみなさんと、またいつかどこかで、接点を持つ機会がくることになったら、その時はよろしくお願いします。　
  （2013年9月公開）　
  


&amp;nbsp;

&amp;nbsp;</description>
<pubDate>Fri, 01 Nov 2013 16:25:20 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>弁護士業界の現状とは？</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job139/</link>
<description>公務員か転職や独立起業する際には様々な悩みがつきものです。そんな悩みを元福岡県職員で、現役弁護士の宮内さんのご協力を得て、アドバイスさせていただく公務員プラス法律相談です。

今回の悩みは「弁護士業界の現状について」に関するものです。

&amp;nbsp;
&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【ご相談内容】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  お名前：カカオマメ　様
  
現在のお仕事：某県庁総合職

年齢：20代半ばの男性

相談内容：
はじめまして。宮内先生のように私も弁護士になり幅広く活躍したいと考えています。

法学部にいたことや、元々法律関係は大好きなので勉強は苦にならないのですが、昨今の弁護士業界を取り巻く状況の変化、つまり弁護士業界もなかなか厳しくなってきている、という声に対して、実際の現場におられます宮内先生から見られるとどのように感じられますでしょうか。できれば生々しい意見を聞いてみたいと思います。




&lt;span style=&quot;font-size:large;&quot;&gt;
  &lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【回答・アドバイス】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;
  
  ズバリ言って、大変厳しい状況です。
パイ(社会における紛争の数)が増えているわけではないのに、弁護士がこれまでの4倍近いペースで増えているのですから、相当なことです。

私も、来年も弁護士として食えているかは分かりません。
 ただ、これはどの業種であってもいえることで、弁護士の業界だけのことではありません。
 
 厳しいとは言っても全くの新参者が公務員退職時を上回る年収を得られる業界はなかなかないでしょうから、そういう意味ではこれまでが恵まれすぎていたということはいえるかもしれません。
 
 一応、ネットの口コミなどもありますが、いまだ弁護士の能力に対する評価等はオープンにされておらず、依頼しようとする人にとって、十分な情報がないのが現状であり、マーケットに大きな歪みがあります。
 
 
 他にも経済学的見てみると、この業界は不合理な点が多いので、十分に戦略を練られたうえで勝算があると考えられるのであれば、弁護士になること自体は、以前と比較にならないほど易しくなっているので、十分に検討の余地はあると思います。
 
これから弁護士になることを検討されるのであれば、コストとリスクの徹底した管理が必要になります。退職して法科大学院に入学して・・・、などというのは考えない方がいいです。

時間的、金銭的コストが大きすぎます。まずは、在職したまま予備試験を受験してみられてはいかがでしょうか。一回で合格しないまでもある程度今後の手ごたえくらいはつかめると思います。

&amp;nbsp;</description>
<pubDate>Tue, 08 Oct 2013 13:33:39 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>病気休職者への退職勧奨について</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job138/</link>
<description>公務員か転職や独立起業する際には様々な悩みがつきものです。そんな悩みを元福岡県職員で、現役弁護士の宮内さんのご協力を得て、アドバイスさせていただく公務員プラス法律相談です。

今回の悩みは「病気休職者への退職勧奨の是非について」に関するものです。

&amp;nbsp;
&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【ご相談内容】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
お名前：ポークケチョプ　様

  現在のお仕事：地方公務員行政職
  
  年齢：20代後半の男性
  
  相談内容：
  はじめまして。現在うつ病の病気休職を開始して1年2ヶ月です。
  2年までは病気休職で休職できる規定なのですが、職場の上司や総務部からはやんわりと復職の可能性がないなら退職した方がいいんじゃないか、と退職勧奨を受けています。

私個人としては、復職は難しいとは思いますが、ぎりぎりまで在職したいと思っています。条例で休職期間が定まっているにも関わらず、病気休職者に対してこのような退職勧奨は許されるものなのでしょうか。

また、私の自治体は労働組合も弱く相談できる人や団体もありません。
民間企業でしたらユニオンという労働団体に相談に行けばいいようなのですが、公務員の場合はどうすればいいものでしょうか。　




&lt;span style=&quot;font-size:large;&quot;&gt;
  &lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【回答・アドバイス】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;
  
  うつ病で病気休職ですか、私も実はうつで２か月間休職したことがあります。
  つらいですよね。しっかり休まれてください。
  
  建前からいうと、休職は復職を前提とする制度なので、復職の可能性が全くない場合には、休職を続けるというのは難しいかもしれません。
  
  ただ、これはあくまで建前の話で、復職の可能性があるかないかは誰にも分からないのですから、ぎりぎりまで復職の可能性を模索するという建前で期間いっぱい休むのも可能だと思います。この場合、期間途中で無理にやめさせようとすれば、分限免職ということになると思いますが、向こうもそう簡単にはできないでしょう。
  
なお、病気が公務に起因する場合に、無理に退職勧奨をすることは、労基法19条の趣旨に照らして問題があり、場合により、不法行為が成立することがあります。また、事案は違いますが、公務員のしつこい退職勧奨で不法行為が成立した裁判例(最高裁判所昭和57年7月10日)もあります。

労組に相談しにくい場合には、弁護士の私がいうのも何ですが、お近くの弁護士に相談されることをお勧めします。
ただ、心身の状態が許すなら、くれぐれも次どうするかということは考えておいてください。私は、前述の休職期間中に転職を決意しました。 

&amp;nbsp;</description>
<pubDate>Tue, 08 Oct 2013 13:29:48 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>公務員退職後、憲法22条職業選択の自由との関係について</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job137/</link>
<description>公務員か転職や独立起業する際には様々な悩みがつきものです。そんな悩みを元福岡県職員で、現役弁護士の宮内さんのご協力を得て、アドバイスさせていただく公務員プラス法律相談です。

今回の悩みは「退職後の職業選択の自由」に関するものです。

&amp;nbsp;
&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【ご相談内容】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  お名前：モトミチ　様
  
現在のお仕事：国家公務員行政職

年齢：40代前半の男性

相談内容：
はじめまして。公務員の転職時の規制について教えていただけないでしょうか。
公務員が転職する際には、所属時と同じ業界や職種の場合には、多少の転職規制が発生することがありますが、憲法22条の職業選択の自由と相反するようにも感じるのですが法的解釈としてはどうなのでしょうか。
公務員と言えども、退職後に好きな仕事に就けないのは残念だなと思います。




&lt;span style=&quot;font-size:large;&quot;&gt;
  &lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【回答・アドバイス】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;
  
  確かに、以前は、国家公務員の転職については規制があり、これが憲法で保障された職業選択の自由との関係で問題とされてきました。
  
しかし、現在、国家公務員の転職時の規制については、省庁などによるあっせんは禁じられているものの、在職時の就職の約束の場合と管理職等の地位にあった一定の職員について2年間の届出義務があるだけで、自力で就職先を見つけてきて再就職をする分には、規制がないのが現状です。

詳しくは、総務省の「国家公務員が知っておかなければならない再就職に関する規制」(&lt;a href=&quot;http://www.soumu.go.jp/main_content/000228759.pdf&quot;&gt;http://www.soumu.go.jp/main_content/000228759.pdf&lt;/a&gt;)をご参照ください。

ご自身で再就職先を見つけられたのであれば、退職後に好きな分野で活躍することは妨げられませんので、チャンスと思われればぜひトライされてください。

ただし、在職中に職務上知りえた秘密などを利用することは退職規制とは関係なく守秘義務違反の問題を生じますので、十分にご注意ください。

&amp;nbsp;</description>
<pubDate>Tue, 08 Oct 2013 13:23:48 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>退職したいのに上司が許可を出してくれない。これってどうなの？</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job136/</link>
<description>公務員か転職や独立起業する際には様々な悩みがつきものです。そんな悩みを元福岡県職員で、現役弁護士の宮内さんのご協力を得て、アドバイスさせていただく公務員プラス法律相談です。

今回の悩みはズバリ、「退職したいのに辞めさせてくれない」です。

&amp;nbsp;
&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【ご相談内容】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  お名前：nao_ko　様
  
現在のお仕事：地方公務員事務職

年齢：20代半ばの女性

相談内容：
以前から音楽業界で働きたいという夢があり、今ならまだ退職できるかもということで今年夏で退職しようと考えています。
ただ、小さい市ですので辞められると業務に支障がでるからと職場の上司などが辞めさせてくれません。

民間ですと1ヶ月前までに退職したい旨を言えば絶対に辞められると何かで読んだことがあるのですが、公務員の場合はどうなのでしょうか。半強制的に退職できないことなどあるのでしょうか。




&lt;span style=&quot;font-size:large;&quot;&gt;
  &lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【回答・アドバイス】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;
  
  民間企業の場合の退職の場合は、労働者からの辞職の申し入れの効果は、民法627条に従うものと考えられていて、期間の定めのない労働者(通常のサラリーマンのようなケースです。)で1ヶ月ごとに給与が支払われている場合には、解約の申し入れは当期の前半にしなければならないとなっていますので、半月前に退職の意思を表示すれば、当期の終了時点で労働契約は終了することになります。
  
これに対して、公務員の場合は、労働契約ではなく、任用されて公務に就いています。
そして、公務員の勤務関係は、行政処分により消滅し、申し出を承認した任命権者が退職処分を下してはじめて勤務関係が消滅することとされています。

したがって、任命権者の承認がなければ退職はできないということになりそうです。　　　
しかし、公務員といえども労働者ですから、意に反して労働を強制されない権利を有することは当然です。辞職願を提出後、臨時職員を任用したり、他の職場から応援体制を作るために必要と考えられる合理的な期間(通常は1月程度でたりると思いますが、特別な職種の場合はもう少しかかるかもしれません。)経過後は、無理な引止めは損害賠償の対象となる可能性があるものと考えられます。
私の経験上、いきなり一人抜けて業務の遂行ができなくなる職場はそうそうないので、現実に退職願を提出されれば、それが通らないことはないような気がします。
&amp;nbsp;</description>
<pubDate>Tue, 08 Oct 2013 13:18:25 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>公務員が在職中に週末起業などを行うのは法的問題として大丈夫？</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job135/</link>
<description>公務員か転職や独立起業する際には様々な悩みがつきものです。そんな悩みを元福岡県職員で、現役弁護士の宮内さんのご協力を得て、アドバイスさせていただく公務員プラス法律相談です。

今回の悩みはズバリ、「公務員が在職中に週末起業などを行うのは法的問題として大丈夫かどうか」です。

&amp;nbsp;
&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【ご相談内容】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  お名前：中矢マキ（仮名）　様
  
現在のお仕事：警察官

年齢：30代前半の男性

相談内容：
以前から独立開業に興味を持っている警察官です。今の仕事に不満はあまりありませんが、いつかは一国一城の主になってみたいなと思っています。

そこで実際の独立開業前に週末起業という形で準備をされるサラリーマンの方は多いと思うのですが、公務員が在職中に週末起業などを行うのは法的問題として大丈夫でしょうか。
もちろん何か収益を得てしまうとNGかと思いますが、その週末起業行為そのものも規制されるものなのでしょうか



&lt;span style=&quot;font-size:large;&quot;&gt;
  &lt;span style=&quot;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【回答・アドバイス】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/span&gt;
  
  地方公務員法38条1項により、任命権者の許可がなければ、営利を目的とする私企業に就職したり、営利を目的とする私企業を経営したり収益を得てはならないとされています。
  
任免権者の許可については、現在の運用では、農業、僧侶、著述等が多いようです。
あとは、アパート経営とかもちょくちょくあるようです。

ご相談の文面からして許可を得なくてもできることを念頭に置かれているようですので、そのことを前提にお話ししますと、収益を得ていないのであれば、職務専念義務違反や信用失墜行為違反に当たらない限りは直接には上記の規定を根拠に規制を受けることはないと思います。

あくまで、営利と収益をポイントに判断されることになりますが、なるべく金銭の授受が介在するようなものは避けるべきでしょう。
公務員の仕事の合間にできることで多くの収益をあげられるとは思えませんので、そのためにリスクを冒すことはお勧めできません。</description>
<pubDate>Mon, 07 Oct 2013 14:12:00 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>市役所職員から弁護士へ。公務員を辞めることは一つのギャンブル。</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job133/</link>
<description>政令指定都市職員から弁護士に転身された本田さんのインタビューです。公務員を辞めることのリスクなどを語っていただきました。


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;本日はどうぞよろしくお願いいたします。まず、公務員時代のお話からお聞かせいただけますでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

地元の市役所に事務職で採用され、下水道局の総務課の経理係に配属され、4年間いました。
4年間というのは若干長いかもしれません。
係は私を含めて３人しかおらず、私が在籍している間に直属の係長が２回異動しました。

係としては経理なので、予算決算や契約が主ですが、総務課ということで所管課からの様々な問い合わせに対応することも多かったです。一般市民からもたまに問い合わせが来ました。
  
  問い合わせは、事務手続や法令に関する相談がほとんどなので、振り返ると、法律相談を受けている今の仕事に通じている気がします。
  日常業務以外では、大雨や台風災害対策のために徹夜で役所に待機して市民からの通報や苦情を受け付けたり、浸水現場に土嚢を積みに行ったり、浸水被害緩和のための雨水浸透桝（雨水を道路等に冠水させず、地下に浸透させるための設備）を設置してもらうために戸別訪問をしたり、といったことをしていました。 
  
また、市のイベントで着ぐるみを着て、今でいう「ゆるキャラ」になってみるということもしました。経験した部署はひとつですが、比較的様々な経験をしたと思います。 

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&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようと思われた経過などをお話いただけませんか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  辞めよう思ったことは、決裁制度に意義を見出せないからということが大きかったです。
決裁権者（及びその間にハンコを押す人たち）と性格が合わなかっただけという可能性もあるものの、そうだとしても性格の不一致（笑）で業務が滞ること自体が不合理と感じ、その他のことにおいても優先順位が理解できなかったこと、でしょうかね。

直属の係長には恵まれた方だとは思いますが、係長より上の管理職がどうしても尊敬できず辟易していました。

具体的には、まず、難癖をつけながらも結局ハンコを押すので、だったら最初からハンコ押せよと思っていました。
しかも、ハンコを押したくせにいざ問題が起きたら責任をとったことを見たことがない（そもそも問題が起きてしまうこと自体、決裁の過程でのチェックが機能していないことのあらわれ）ので、押してもどうせ責任とらないじゃないかと思うことが多く、空しくなっていました。
このことは、多くの現職公務員が思っていることなのではないでしょうか。

また、こういう人たちに権限を持たせてはいけないのに、そういう人が出世していることが末期的症状なのではと思っていました。
今思うと若干生意気でした。一方で、だったら自分はどうなのかというと、不満ばかり抱いていた割には（だからこそ？）仕事ができる方とはいえず、全く使えない人材だったと思います。きちんと仕事ができて出世する人もいたので、自分はそうなれないと思ったことも辞めた理由の一つです。
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  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職の決断に至られた経緯をお話いただけませんか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
まず、働きながら司法試験の受験勉強を始め、在職中に合格すれば辞めるつもりでした。
ところが、私生活のトラブルも重なって体調を崩してしまい、働きながら司法試験、しかも旧試験に合格するなどという虫の良い話は自分には無理と判断しました。

そこで、法科大学院を受けてみて、合格すれば市役所を辞めて入学することにしました。私が受験した当時から法科大学院は定員割れになっているところが多く、どこかしらには入れるだろうし、入れない限りは市役所を辞めなければ良いと考えていました。


ただ、いざ法科大学院入試に合格した後、本当に市役所を辞めるかについては若干迷いました。法科大学院に一応入れるんだというのが認められただけで多少満足していたので、別に辞めなくても良いのではという気もしました。
しかし、同時期に、私と同じ課にいた人（私の前任者）が３０代で亡くなるというショッキングな出来事があり、人間いつ死ぬかわからない、自分が今死んだら後悔するだろうと思い、不退転の決意でもって市役所を辞めました。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―職場やご家族からの引き留めはありましたか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
 
職場からはあるにはありましたが、市役所の人には、ごく親しい人を除いて法科大学院に入ること自体黙っており、体調不良を理由にしていたので、私の側からすれば全く関係ありませんでした。
家族には事前に相談することなく退職しましたので、特に引き留めはありませんでした。今でも納得していないかも知れません。

  


&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―法科大学院に入られた後のお話をお聞かせいただけますか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
市役所をやめた年に法科大学院に入り、３年間過ごした後に司法試験を受けて何とか合格し、司法修習を受けて修習地の近くの法律事務所に入り、今年から出身地の近くで独立開業しました。
　





  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―実際に退職されてみての感じはいかがでしょうか。公務員時代とは何か変わりましたか？&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
法科大学院に入ってから司法修習が始まるまでは、単純に預貯金がどんどん減っていくことに戦々恐々としていました。
勉強時間確保のため、アルバイトもほとんどしませんでした。

市役所に入った後には、ある程度経済的に自立できていました。ところが、辞めた後は、２０代後半にもなって親から小遣いをもらうという若干情けない立場に逆戻りしました。

公務員が他の職業より楽だったことは辞める前から気づいていたつもりでした。このことから、落ちたら他の仕事も出来ないだろうと思っていましたので、文字通り死ぬ気で勉強していたことになるかと思います。
  市役所の前任者の死に直面していながら命を粗末にする発想をしていました。


司法修習時代は当時は給料が支払われていたので、精神的には楽でした。
  弁護士になってからは額面の収入は２倍になりました。
  
  しかし、弁護士登録の際にかかる費用（入会金等が数十万）や月数万円の弁護士会費、弁護士会内の委員会活動（ボランティア）にかかる経費、刑事事件での接見等にかかる交通費、刑事の国選弁護の際に通訳が必要な場合は通訳への報酬（法テラスからは後払いなので弁護士が立替えます）、国民年金や国民健康保険の保険料などがあるため、思った以上に手取りは少ないです。
  また、基本的に個人事業主なので、相談者及び依頼者がいなければ収入がありません。公務員時代と比べたら、経済的な安定とは対極にあります。

お金の話ばかりですが、「恒産なくして恒心なし」というのを（？）身をもって痛感したと思います。もちろん、お金を優先するのであれば公務員を辞めなかっただけの話なので、お金がないこと自体は気にしてもしょうがないと思っていました。
あと、皮肉にも市役所で働いて得た収入のおかげで、経済的に法科大学院生活をしのぐことができました。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―今後、目標とされたいことは何かありますか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
市役所職員ではできなかった、社会正義の実現です。


  
  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;  ―公務員を辞めて弁護士になられたいと考えられている方へアドバイスなどあればお願いします。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
私は公務員としては全く使えない人材だったので、私よりしっかり働いている人こそ弁護士になれば、より活躍できるのではと思います。
私にとっては、公務員を辞めることは単なるギャンブルでした。

司法試験に合格するかどうかということについては結果が出たものの、正確には「ギャンブルでした」と過去形にするのは不正確で、今もギャンブル自体は続いています。

収入はともかくとして、公務員を辞めなかった場合より仕事に満足できるのか、人生を楽しめるのか、公務員を辞めなければよかったと思わずに生きていけるか、といったことは、最終的には自分が死ぬときになってみないとわかりません。

逆に、公務員を続けること自体も、今後はギャンブル性があることは否定できないでしょう。
  だったら辞めてみてはいかがでしょうかという（無責任極まりない）アドバイスになります。

&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めて弁護士を目指そうとする行動についていかがでしょうか。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  安定収入に対して未練がなければ別に何も問題はないと思います。
その他の点についてはそもそも自分の判断が妥当だったかどうか、現時点ではわかりませんので、回答しかねます。

受験勉強である以上、勉強すれば合格するという極めて単純な世界だと、少なくとも私は思います。 
仕事の場合、頑張れば何とかなるとは限らないことが多いので、経済的な不安を除けば、受験勉強の方が仕事より楽だと思えることが、弁護士（≒司法試験合格）を目指すにあたっての最低条件ではないでしょうか。もっとも、今後は、公務員であれば経済的な不安が全くないとは限りません。 


合格したからこそこう思えるのは百も承知なので、賛同いただけるとは限りませんが、そう思えないのに敢えて弁護士を目指すのであれば、自分なりに目指す理由を見出す必要があると思います。


弁護士を目指すことは全くの自由ですが、なぜ弁護士になりたいのかをよく考え（私はあまり考えずに弁護士になったので偉そうなことをいうつもりはありませんが）、先ほども述べましたようにギャンブルだと自覚することが大切ではないでしょうか。当然、周囲の人間も巻き込み、迷惑もかけることは避けられないので、それを気にしすぎる人に対しては、ご自分が苦しむだけなのでお勧めしません。


単に法律が好きなだけでしたら、法律家を目指す必然性は全くありませんし、法律が好きなだけで務まるとは限らないので、むしろならない方がご自分および周囲（とくに家族）のためではないかと思われます。
  ではどのように考えればいいのか、ということは、まだ弁護士になって3年目の私には分かりかねます。

&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―インタビューに協力いただきまして誠にありがとうございました。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;　  
　（2013年9月公開）</description>
<pubDate>Mon, 23 Sep 2013 09:28:24 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>市役所職員から&quot;せどり&quot;とネットビジネスで生計へ！高い勉強意欲と自己投資が大切です。</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job132/</link>
<description>山口県の岩国市役所を退職後、ネットビジネスで生計を立てられている古田さんのインタビューです。ネットビジネスで生計を立てたい、と考えている方は少なくないようですので、参考になる内容かと思います。


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;本日はどうぞよろしくお願いいたします。まず、公務員時代のお話からお聞かせいただけますでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　よろしくお願いします。 2004年奉職後、健康福祉部児童家庭課へ配属辞令を受けました。
在職中、保育園の入園手続きや保育園への補助金交付に関する仕事に携わっていました。 

2006年に、岩国市は８市町村が合併による保育料の統合などのため、かなりの仕事量がありましたが、民間企業の経験と上司の信頼があったためか、本来であれば役職者が対応する仕事も任されて、児童家庭課に在籍中は大変充実した役所生活でした。 

&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようと思われた経過などをお話いただけませんか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  　２０１０年４月に保険年金課に異動になりました。 
しかし、保険年金課では逆に仕事をほとんど与えられなくなりました。何度か上司に仕事を与えてくれとお願いしたのですが、状況は変わりませんでした。 

最初はいじめかとも思いましたが、思い返せば係の人数が多かったせいでしょう。その頃からこの役所でずっと働いて自分は成長できるのだろうかと疑問に思うようになりました。 
役所には職員の能力を向上させる研修プログラムもありません。さらに、たとえどんなに優秀な職員でも年功序列のため、３０代で課長になることすら不可能です。私は役所の環境にだんだんと失望していきました。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職前後のお話をお聞かせいただけますか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　2007年頃から「ネットで何かしたいな」や「独立したいな」と思い始め、勉強を始めました。 
その後、思い切って退職し、環境を変えることで、よりネットビジネスに挑戦したいと思うようになり、2012年に退職しました。 

退職後から、約3か月間は無収入でしたが、せどり（インターネット物販）を始めて月商100万円を超えるようになりました。 
それとは別に、現在はアフィリエイト、せどりのコンサルティングなどで収入を得ています。詳細はホームページをご覧いただけると幸いです。




&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―実際に退職されてみての感じはいかがでしょうか。公務員時代とは何か変わりましたか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
 
　公務員を退職するとすぐにはクレジットカードも作れないしローンも組めません。先日引っ越しましたが、契約者の名義も妻にしました。でも、意外と困ることはありません。 

自由に時間を使えるので時間に拘束されている感覚は一切なくなりました。電話や接客によるストレスが一切なくなりましたので、精神的にはとてもいい状況です。 
残念ながら公務員は必死に頑張っても給与は上がりませんが、自営業は必死に頑張らなくても場合によっては収入が上がっていきます。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を退職し、せどりで生計を立てようと考えられた時、周囲の反対はありませんでしか？また、どのように説得されましたか？ &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　結婚する前から妻には将来的に独立するつもりだと伝えていたので、反対はありませんでした。 
親には反対されるのが分かっていたので、相談しませんでした。 
ちなみに、父に独立したと話したら１週間寝込んでしまいました（笑）
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職前後や退職されてから、生活に不安はなかったですか？あればどのように乗り越えられましたか？&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　私は妻が公務員だったので、生活の不安はあまりありませんでした。 
ただ、収入のない３か月間はストレスで胸がしめつけられたりして、体調管理が大変でした。 
必ずうまくいくと信じて毎日作業することが唯一の乗り越える方法でした。 

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―アフィリエイトやせどりなどで生計を立てようと思うと、在職中に何をすればいいですか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　まず、何でもそうですが楽をして稼ぐというのは不可能です。 
ネットビジネスのいいところは、初期投資が少なくて済みますので参入障壁が低いことですが、それでも誰でも簡単に稼ぐことなんてできません。 

そのため、在職中からアフィリエイトやせどりなどのネット関連ビジネスの情報は、当然ネットで情報を収集することができますので、とにかく勉強することが大切ではないでしょうか。 

いきなりネットビジネスを始め、儲けられる人はいません。 
  ネット関連ビジネスの中から自分が取り組んでみたいジャンルを見つけ、できればそのジャンルでできるだけ実績を出している方のブログやメルマガを読んでみたら良いと思います。 
  それから、その方の勧めている教材を購入してみてはどうでしょうか。 


ただ、ネットで流通している情報商材には粗悪なものも少なくないので、しっかり見極めることが重要です。 
  宣伝文句に踊らされることなく、売上げランキングが上位のものや、たくさんの購入者が既にいて口コミがあるものなどが判断材料になると思います。 

勉強するための時間とお金は十分に確保してもらうのが良いと思います。勉強に必要なお金が給与の5％など確保してもらい、高い投資意識が重要です。 
  この分野で成功されている方を見ますと、投資意識が大変高い方が多く、ビジネス書など本を多く読まれている方ほど成功されているように感じます。 
1日２時間の勉強時間が確保できれば、成功する確率も半分ほどと高くなるのではないでしょうか。

  
  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;  ―在職中に勉強以外ではしておいた方がいいことはありますか？&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　ネットビジネスで成功するためには勉強がもちろん必要ですが、それ以外についても一般の独立起業と何ら変わることがありません。 

つまり役所以外の接触を増やすことを心がけ、幅広い人脈を作っていくことです。人脈が狭いと、何が良くて、何が悪いのか分からない、判断できないことも多いので大切なことです。 
一人では成功できない、ということを自覚し、勉強はもちろん幅広い人脈を作ることにも頑張って欲しいと思います。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようかなと迷われている方へアドバイスなどあればお願いします。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　明確な目標がある方は、退職すればいいと思います。ただ、僕のように勢いで退職してしまうと、安定した収入が一気になくたるため、人によっては相当なストレスがかかります。転職または起業するにしてもよく検討して退職することをお薦めします。 


あと、人生を変える方法は３つだけです。 

住む場所を変える 
  付き合う人を変える 
  時間配分を変える 

実際に行動するのには相当な勇気が入りますが、人生を変えることは誰でもできます。 
  まず、将来自分がどういう人生を送りたいのかよく考えてみてください。 
そして、失敗しても継続してやっていくようにしてください。諦めたらそこで終わりです。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―最後に今後、目標とされたいことは何かありますか？&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　公務員を退職した後でも、日本の政治や世界の政治について学んでいます。 
年収５０００万円をコンスタントに稼げるようになれば、政策立案や地方分権の推進に関係する仕事ができればと思っています。 


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―インタビューに協力いただきまして誠にありがとうございました。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;　  
　（2013年9月公開）</description>
<pubDate>Thu, 19 Sep 2013 18:21:56 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>市役所を退職後、アメリカへ語学留学。日本人の英語力向上のため起業へ</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job88/</link>
<description>大阪府内の羽曳野市役所を退職後、日本人にもっと英語を身近にしたい！という起業の志を持たれ、アメリカに留学中の平山さんの退職経験談インタビューです。退職後に留学を検討されている方には特に参考になる内容になっております（2012年11月公開）。
  
  【2013年7月追記】その後の平山様の近況をいただきました。こちらからご覧ください。
  &lt;a href=&quot;http://ameblo.jp/koumuin-karano/entry-11582781764.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://ameblo.jp/koumuin-karano/entry-11582781764.html&lt;/a&gt;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;本日はインタビューに協力いただきありがとうございます。      
  公務員時代のお仕事内容から聞かせていただけますでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　こちらこそ、このような機会をいただき、ありがとうございます。

僕は、大学卒業後まず民間企業に就職したのですが、その後に公務員になる道を選びました。そして大阪の羽曳野（はびきの）市役所（人口12万人　職員数約700名）に行政職として入庁しました。


配属されたのは次の部署です。

・市民協働ふれあい課市民大学（研修として3ヶ月）

・税務課市民税（研修として3ヶ月）
  市府民税の課税、通知書の発送、扶養家族のチェックなど

・市民協働ふれあい課市民大学（1年6ヶ月）
生涯学習講座の企画・運営、提携大学とのシンポジウムの開催など

・市長公室政策推進課（6ヶ月）
  総合基本計画の策定、各部署との連絡調整など。プロジェクトチームとして配属されたのですが、市長の施策変更により半年で異動となりました。（これに関しては、いろんな方からの意見や僕の推測です）

・市民協働ふれあい課（2年）
  町会に関わる業務、市民フェスティバルの運営、NPO・市民活動関連業務、姉妹都市・友好都市交流関連業務、など市民に関すること全般の部署です。
  ※初めの市民協働ふれあい課・税務課までは、新人職員としての研修期間です。

&amp;nbsp;

このように短期間で様々な部署で働く機会をいただいたので、行政の仕組みやどのような組織なのかというものがぼんやりと掴めたような気がします。

それは今後の人生において、日本の将来や国のあり方などを考える上でかなり貴重な経験になったと思っています。

&amp;nbsp;

　思い出深い出来事は、個人的にはかなり上司や先輩、同僚や後輩には恵まれたと思います。皆さん真面目で、いつも前向きに仕事に取り組まれていましたし、すごく市民の立場で仕事をされていました。
１年目の時に上司になっていただいた方も、自分が想像していた公務員とは異なり、本当に真面目で一生懸命な方でした。

　また、市民大学担当は、市民協働ふれあい課という部署の中の１つの担当と位置づけられていましたが、講座などの実施が出先機関ということもあってか、市民大学の職場は出先機関に設けられていました。


　この部署は、上司・僕・バイトの方が２名というかなり少人数の職場でした。
  しかし、２年目の４月にその方が異動となり、僕の直属の上司が本庁にいる課長、職場には僕とバイトの方２名、新人職員という体制になりました。

もちろん上席は本庁にいますが、かなり責任感を伴う体制でした。異動してしまった上司にも色々と相談などしながらですが、僕を含めて４名で前よりよくしようと頑張ったことが一番よい思い出です。 

&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようと思われた経過などをお話いただけませんか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　先の思い出につながる話なのですが、2年目の10月、市民協働ふれあい課市民大学に配属されている際に新しく上司が異動してこられました。

しかし、その上司とバイトの方２名の折り合いがかなり悪く（色々な理由があるのですが…）、間を取り持つよう努力もしたつもりですが、僕自身がどうしても上司よりもバイトの方２名の方が正しいと思い始めた頃に、その上司からバイトの方２名を辞めさせて来年は違うバイトを雇うということを言われました。

　私は当然猛反対し、その上司の落ち度などもしつこいぐらい上司に伝えたのですが、理解を得られませんでした。
  前の上司と相談して、課長、部長、人事課長のところにも言って、その上司のことを洗いざらい話し、協力してもらうつもりだったのですが、新人の僕が言うことよりも長年勤めてきている上司の味方をされ、逆に僕を説得するような状況になってしまいました。

&amp;nbsp;

　この時、ちょうど世間では、若者の就職難、派遣社員の派遣切りやリストラなどが指摘されている時期で、バイトの方２名も一生懸命仕事をされるし、市民さんからの信頼もあるのに、意見が合わないというだけで辞めさせられそうになっている状況を直に見て、自分に働く人を守れる力があればと、漠然と起業を考え始めました。

　ただ、この時は何も具体的に何がしたいとかではなく、市民（お客）さんのために一生懸命働く人材は、絶対にそんな扱いを受けさせたくないと強く思った程度です。


　
  その後３年目の４月に市民大学業務自体が民間会社の委託事業となり、僕も上司も異動となりました。異動先で出会った上司や先輩も非常によい方ばかりで、本当に毎日よい刺激を受けて仕事に取り組むことができました。

その部署から異動後の上司や先輩、同僚や後輩も恵まれ、一人の上司とその味方をした方々以外、本当に恵まれた環境で仕事ができたと感謝しています。

&amp;nbsp;

　まとめますと、辞めると決断した理由は、もっと市民さんのためにできることがあると思えることが何度もあったからです。

公務員であり、市役所で働く以上、法律や条例などの縛りや、市長の意向などもあり、したくてもできないことが多々ありました。でも、一番の理由は２年目に起業を考え始め、５年で公務員を辞めて起業しようと思い続けていたからです。
  日本のために、日本人ためにできることはもっとあると強い思いがありました。

　そして、５年目の時に担当させていただいていた仕事と人事異動や引き継ぎのことなどを考えて、辞める時期は決めていました。
というのも当時関わっていたプロジェクトが翌年の5月頃にピークを迎えることになっていたので、年度末に退職するとかなり中途半端になってしまうかなという思いがあり、それならばと2011年の12月末で退職することにした訳です。

　2011年の9月に直属の上司である係長に退職の申し出を行い、その後に部長・課長・課長代理が話しているところに「すみません、少しお話があるのですが…」と言って、上司の方々に一斉に伝えました。
  
  職場からの引き止めは、あったようでなかったです。
上司が僕の性格なども把握していてくれていたからだとは思うのですが、「今後こういうことがしたいので辞めたいです」と伝えたところ、心配はしてくれましたが、「お前がそこまで考えて言うんやったら意思は変わらんやろな」と言って、その日に人事課へ話をしに行ってくれていました。

この時の部長は、以前に上司のことで協力してもらおうと相談をしに行った時の人事課長です。違う部署の上司や先輩には、この後伝えたのでなんとなく納得してくれたようでした。 

&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職後にはどのような活動をされているのでしょうか？ &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  　退職は2011年12月末に退職し、その2ヶ月後の2012年2月末からハワイの語学学校に留学しました。

　ただ、誤算というか思惑と違ったのは、あまりに日本人が多すぎたことです（笑）
  生徒の80％～90％が日本人なので、とっさの場面で日本語に甘えてしまうこともあり、このままではいけないと感じ、2012年9月にこの学校は辞めることにしました。


そして、今月10月からアメリカ本土のオレゴン州（MBLで活躍しているイチロー選手が元所属していたシアトルマリナーズのあるシアトルがある州の南に位置する州）語学学校に通い始めました。ここは日本人が僕一人なので、もう甘えは許されません。どんなシーンであっても英語で対応することが求められます。
  ここには2013年の3月まで勉強する予定です。

　今は、この語学学校に通いながら、現地の人や他の国の留学生と友達になり、人脈を広げています。
  でも、好き嫌いがはっきりしているので、そんなに多くはないですが（笑）

&amp;nbsp;

　その中で、自分の次の目標にどうやって近づけていけるかを模索し、ビジネスとしてどのようにつなげていくかを考えています。
  予定では2013年3月に日本に戻りますので、そこから次のことを元にして起業をする予定です。

・今の日本の就職難や企業の外国人雇用の情勢を考えると、日本人も日本だけで留まっている状況ではないと考え、日本人の苦手とする英語でのコミュニケーション力を伸ばし、当たり前に外国での就職も視野にいれるような流れを作りたいと思っています。
  そのような環境づくりや人材育成に携わる仕事をするにあたり、まずは自分の英語力向上を目的にアメリカへの語学留学中。


  ・英語を媒体として日本とアメリカ（英語圏）をつなぐビジネスの探求と構築
  
  
  この２本を柱にしたビジネスを作っていきたいです。まだ具体的にどのようにというのは考え中です。
  そして、これはいつかできればと思っていることです。
  ・高齢者への支援
・若者の就職支援




&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―実際に退職されてからのお気持ちとしてはいかがでしょうか。公務員時代とは何か心境に変化はありましたか？
  　 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt; 
　退職して気付いたことは、楽しく一生懸命仕事に取り組めることができる人間関係や環境で働けたことは本当にありがたかったと今でもよく感じています。

　今は留学中のため、まだ自分の事業を持っているわけではないので、あまり変化も感じていませんが、今も楽しく色々と経験できて幸せです。
  
  今後、公務員の時のような安定した生活が送れるかどうかは少し不安になったりしますが、自分の人生を振り返ってみて、一生懸命何かに取り組んでいる時は、必ずよい結果が出せると考えているので、ポジティブにがんばることにしています。今のところは公務員を辞めたことに対しては未練はありません（笑）

&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職後のマイナス面とプラス面を少しだけお教えいただいてもよろしいでしょうか。
　 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt; 
　では、まずマイナス面ですが、これはもう収入面のことだけですね。
今は退職金約50万円と公務員時に貯めた約350万円の貯金で留学費用などを捻出していますが、学生ということもあり定期的な収入が何もありませんので、これはなかなか厳しいです（笑）

プラス面は、自由に意思決定を行えるようになったことです。これは退職された皆さんと同じですね。
あとは、政治や経済に非常に興味が湧いてきました。やはり公務員だったという職業柄だと思いますが、当時にこれだけの興味がもっとあれば良かったかなとも思います（笑）
&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―留学をされているということですので、留学をされたいと考えている現役公務員の方に向けて何かアドバイスなどあればいただけないでしょうか。
　 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt; 
　留学をするのはとてもいいことだと思うのですが、やはり留学の目的、何のために留学するのか、という目的はとても大切なことだと思います。
ここが曖昧ですと、勉強の真剣度にも影響しますし、熟練度にも関わる大きな問題です。

そして、何となく留学、というのは止めたほうがいいと思います。
  何となく留学してもあまり得られることはないと思います。


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようかなと迷われている方へアドバイスなどあればお願いします。
　 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt; 
　「まだ何もできていない状態なので、アドバイスできるようなことはないですが、退職で悩まれている方に対しては、辞めたい理由や今後の展望が本気である方はすぐに行動に移すべきだと思います。

人生は一回しかないですし、失敗しても色々な経験を積むことはよいことだと思います。明日何が起こるかもわかりませんし、したかったのにできなかった方もいるので、悔いの残らないように選択してほしいです。」と。


そして、皆さんにはこのようにはお伝えしたいです。

「お互いがんばりましょうね。日本のため、日本人のためにもっとできることがあると思って辞められた方とぜひ協力して何かしてみたいと思います。」

と。
本日はありがとうございました。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―こちらこそ大変興味深いお話をお伺いすることができましてありがとうございました。      
  来年（2013年）春には日本に戻られるということですので、その後のご活躍を楽しみにしております！ 
  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt; 
　&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;
  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　
&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;
&lt;span style=&quot;color:#000099;&quot;&gt;【編集談】&lt;/span&gt;&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
　平山さんとは、たまたまアメーバブログを通じて知ることになり、今回のインタビューオファーをいたしました。

アメリカに留学中ということもあり、インタビューに応えていただくのは難しいかなと考えておりましたが、そこはインターネット進化が大活躍です。
  現地との時差はマイナス１８時間もあり、途方もない距離が離れていますが、スカイプ電話を使うことで今回のインタビューが実現したことは、何だかとても感慨深いものがありました。
　平山さんは、2013年に帰国後、早々に事業を開始されるということですので、留学で培われた経験や知識を思う存分に発揮いただきたいです。（2012年11月公開）

【2013年7月追記】その後の平山様の近況をいただきました。こちらからご覧ください。
&lt;a href=&quot;http://ameblo.jp/koumuin-karano/entry-11582781764.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://ameblo.jp/koumuin-karano/entry-11582781764.html&lt;/a&gt;</description>
<pubDate>Wed, 11 Sep 2013 10:21:35 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>都庁職員から酪農家へ転身。退職前からの着実な準備が大切です！</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job129/</link>
<description>都庁職員から酪農家に転身された三浦さんのインタビューです。退職し、酪農や農業をされたい方に対してのアドバイスなどいただきました。


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;本日はインタビューに協力いただきありがとうございます。では、公務員時代のお仕事内容から聞かせていただけますでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　最初の５年間は、東京都建設局の事務所にいました。
　そこでは、３つの係を経験し、広報、審議会、徴収・交付事務、経理、庁舎管理、安全衛生など、事務仕事全般を経験させてもらいました。


　２年目からは、法政大学法学部の夜学に通い、仕事、勉強、遊びと、日々忙しい中でも楽しい毎日でした。

　６～１０年目までは、東京都建設局の予算担当になり、ここでも３つの係で、忙しいながらも、さまざまな経験をさせてもらいました。

　１１～１２年目までは、東京都建設局で河川の議会担当になり、議会を中心に、各課調整や政府への要望活動などを経験させてもらいました。
　１３～１５年目の７月までは、東京都財務局の都庁舎の改修担当になり、改修に関する各局調整や計画立案業務などに従事していました。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようと思われた経過などをお話いただけませんか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　私は、３３歳の時に辞め、千葉県の南房総の実家に戻ることを決めました。
　自分は、長男で生まれ、家を継ぐことを前提に生きて来ましたので、このご時世になって、親は酪農を継げとは言わなかったし、退職して戻ってくればいいとも言っていました。

　ただ、歳を取っていく親や祖父母、過疎化していく地元を憂慮し、また、自分の家族はなぜかいつまででも昔と同じようにそばにいると思ってしまいますが、そうはいかないと感じました。

　定年退職し、祖父母が亡くなり、親は牧場をやめてしまい、地域がすたれてから戻ってきて果たして満足して残りの人生を生きていけるだろうか。だったら、自分のやれることを精一杯やって生きていく人生の方が、満足して生きていけると思いました。


　一度の人生、やらないで後悔するより、やって後悔した方がいい、と考えたのが何よりの理由です。

　退職を決断してからは、直属の課長、係長に話し、友人や職場の同僚に早くに話していたので、上司や同僚からの説得飲み会とか、東京都をみかぎるのかなど、言われたりもしましたが、私をよく知っている仲間は、冗談半分で三浦さんが決めたことならと応援してくれました（笑）

　この歳で辞めるという決断をしたので、話しをしていても本気にされず、辞めてから驚いた人も何人かいましたけどね。
　とにかく、生まれ育った田舎で、天気や季節を感じ、旬のものを食べ、生きていくことは、人らしく生きることで、幸せなことだと感じています。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職後はすぐに酪農を始められたのでしょうか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  　退職してからは、実家に戻り、すぐに酪農を始めました。
　さすがに、８月１日からのスタートは、暑さにばてましたね。

　マラソンやスポーツを通して、体力はつけてきても、夏の日差しには参りました。
  うちの牧場は、だいたい乳牛４０頭、和牛５０頭いるので、その世話と乳牛の朝・夕方の搾乳が中心となり、昼間は牛の管理や畑の草刈りなどを中心に働いています。
  
  また、戻ってからは、地元の消防団にも入ったので、訓練や火事の時には、消防車で出動することもあります。結構、消防活動は好きですね。




&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―実際に退職されてから公務員時代とは何か変わりましたか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　酪農に戻ってからの後悔はありませんが、家族経営のめんどくささはあります。
　酪農は、とても置かれている環境も経営も厳しい状況にあります。

　この状況の中で、今の牧場の能力を一番よく発揮し、効率よく作業ができ、収益を上げていくか、考えるのが楽しいです。

　自営業は、すべてが自分の責任となり、生き物ゆえにすべて自分の飼育管理により、牛も変わります。
  だからこそ、やりがいがある仕事だと思っています。公務員時代にはないことだと思っています。

&amp;nbsp;


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―今後、目標とされたいことは何かありますか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
 
　今後は、親から権限が移り、自分の意思で経営になったら、思い描いているプランを徐々に実行していきたいと思ってます。
　ただ、牛の知識がまだまだ足りないので、それまでにやることはいっぱいありますけどね。

　牛の知識を学ぶのもそうですが、人工授精師の資格を取らないといけませんし、トラクターの運転技術も上げないといけないと、やることはたくさんあります。




&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようかなと迷われている方へアドバイスなどあればお願いします。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　やりたいことがあり、その仕事をどんなことがあってもやり続ける覚悟があるなら、辞めた方がいいのではないでしょうか。

　辞めてやりたいことに、これからの人生の時間と力を注いで、がんばればいいと思います。
  ただ、今の仕事が気に入らない、他の仕事がよく見えている程度なら、辞めない方がいいとも思います。


　公務員ほど、職場環境や待遇、給料などがいいところはありません。
  酪農は、年間あっても３０日しか休みはありませんし、自給で言えば数百円。
  その休みも自分の変わりに仕事をしてくれるヘルパーを雇うので１日約１万３千円かかります。
  また、他の職業でも大変だと思います。

公務員という自分の置かれている環境を理解し、感謝できなければ、他に移っても不満しか言わないのではないでしょうか。
  そして、今やっている仕事を全力でやりきれない人は、他に行っても口だけで使えません。

　特に資格のない事務職は、同じような仕事なら、誰だって出来ますし、この経済状況と他の職業を甘くみるな、とは言いたいと思います。


　覚悟ができている人は、すぐには辞めず、時間と給料がある中で、次に移る準備を、働きながら行い、それから辞めましょう。

私は、帰ると決めてから１年間、情報や人が集まる東京で、戻ってはできない経験や勉強、また資格などを取って帰りたいと思い、大型や大型特殊自動車の免許の取得や農家の集まるイベントに参加したりして、仲間と知識を増やしてから帰りました。 

新たな道に進むから、そのスタートをいつにするか、しっかり考え、計画的に動くと次に移ってから、心にゆとりが出来るのだと思います。 

&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―三浦さんと同じように地元に戻り、酪農や農業をされようかどうか悩まれている方に向けて何かアドバイスいただけないでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　自分もそうでしたが、都会にいて田舎に帰りたいけど、どうしていいかわからない人は、たくさんいると思います。

東京にいれば、生活も困らないし、便利だし、地域のめんどくさいことにも参加しなくていいですしね。これからの人生において、親に何かあっても、地元がすたれていっても、まあしょうがないかなと済ませられるなら、今のままでいいのではないでしょうか。


あとで後悔しそう、どうにかしたいなら、田舎に帰った方がいいと思います。
とは言っても、すぐには難しいので、同じ境遇の人と話してみるといいと思います。

同じ悩みを持たれている方は多いと思いますし、ネットで同じような境遇の人の集まるイベントを調べて、まずは行ってみてください。
  農家の関係のイベントは山ほどありますよ。


私もいろいろ行きましたが、農家のこせがれネットワークという団体には、結構お世話になりました。
  田舎は仕事がないとか、地域の付き合いが大変だとかではなく、自分がどうしたいのか、それでいいのか考えて決めればいいと思います。

田舎には田舎のよさがあり、車社会で意外と人と会わないし、実家だとお金もそれほど必要ないし、仕事も意外とありますよ。 

&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職前に資格を取得されたとおっしゃってられましたが、そのことを詳しく教えていただけないでしょうか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　何事も資格をもっていると強いと思います。
　なんせ、一度取れば一生ものですから。

　自分は、東京都時代に、管理職になることも想定して、仕事の関係で衛生管理者、防火管理者の資格は取りましたが、今は活きてはいません。

　しかし、辞める前に、大型特殊、大型車の免許は取って、昨年、小型特殊の免許も取りました。そして、今年は、人工授精師の資格をとる予定です。このように、自分のやりたいことで、必要な資格は、辞める前にとっておくといいと思います。


　転職してからは、時間も余裕もなくなるだろうし、資格があれば、その仕事にすぐに力を注げます。
実践は仕事をやりながら鍛えればいいですから。
とにかく、仕事で優位になる資格なら、必ずとっておいた方がいいと思います。


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―貴重なお話をいただきましてありがとうございました。  
  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt; 
　  
（2013年8月公開）　
&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;
&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;</description>
<pubDate>Wed, 11 Sep 2013 10:20:24 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>辞めたい思いをずっと引きずっているなら、思い切って辞めるのも一つの手。語学を活かして公務員から転職。</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job130/</link>
<description>草加市役所を退職後、韓国での事業プロジェクトの参加、大学事務の仕事など幅広く活動されている大原さんのインタビューです。大原さんのパワフルさを感じられる内容となっております。


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;本日はインタビューに協力いただきありがとうございます。では、公務員時代のお仕事内容から聞かせていただけますでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　こちらこそよろしくお願いします。
市役所では2つの部署を経験しました。大学院を出たばかりで、新卒は福祉に回されるという噂?通り、介護保険課に配属になりました。（※ちなみに、新卒は福祉から、というのは役所の中で1番大変な部署だから、というのが理由らしく、新卒同期は全員福祉部へ配属でした。）

結果3年いたのですが、係長が毎年変わり（うち1人は途中脱落）、係内で先輩同士が激しく応酬を繰り返すという職場環境はあまり良いとは言えませんでした。同時に法の網目からこぼれてしまう本当に救いの必要な市民の方を見て、やり切れなさや悲しさも感じました。


その後自治文化部に異動になります。ここはいわゆる花形部署で、国際交流を2年弱担当しました。当市には米国と中国と１市ずつ姉妹都市協定を結んでいるのですが、幸運にも（？）私は両国からの派遣団の受入に関わりました。
１年目は米国から青少年使節団の受入を担当し、一緒に日光や浅草など行程をこなしました。２年目は中国から副市長を含む職員使節団の受入に関わりました。中国とは１０年以上年賀のやり取りしかなかったので、２つの受入に同時に関わったことはほとんど奇跡だと思います。またマラソン大会を実施した際、金メダリストの高橋尚子さんにお会いできました。ここでの２年間は、役得と言えることが多かったと思います。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようと思われた経過などをお話いただけませんか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　そもそも公務員になったのは、「大学時代から続けていた空手を続けたい」という不順な動機でした。望みを叶えながらも、福祉にいた時は「大学・大学院時代に培った英語を活かせない不満」「いつも前例に習うお役所体質」に、この人達と同じになりたくない！！という思いを強く抱きました。

１番最初に「辞めたい！」と思ったのは、入所した年の１２月だったと思います。当時は空手部の先輩に大反対され、自分でも「すぐに辞めてもやりたいことも特にないし・・・英語を活かせる国際担当に異動になって、そこでもダメだ！」と思ったら、辞めようと決めました。
  
実際国際担当に異動したわけですが、そこは市幹部に近くなり、頻繁に上の動向が分かるようになりました。しかし、そこでやっぱり旧態依然の体質は変わりません。
国際交流といっても、２０年前から同じことをずっと繰り返すだけ、実際それを良しとする協力市民団体もいます。また当時市長と議会が険悪で、不信任案が２回出る始末。加えて東日本大震災が発生。脆弱な役所の姿を諸に目の当たりにしました。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―これを契機として転職活動を開始されたのですね。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　そのとおりです。２０代最後ということもあり一念発起して、転職活動開始。民間への転職が決まりました。

最初に辞めたいと思ってから、毎朝登庁する度に「絶対に辞めてやるっ！！！」と自分に言っていましたが、行動に移したのは、４年ぐらいかかりましたね。
  職場からの引き留めはありませんでした。当時の課長に辞職の旨を告げた際、「実はね・・・」と課長も辞職する意向を逆に打ち明けられるというサプライズがありました。
  
  
辞める時に定年間近の同じ課の方に、「僕も辞めようと思ったことがあったけど、結局思い留まっちゃってね・・・。あの頃辞めてたら違う人生があったんだろうなぁ。まだ若いんだから、頑張ってね。」と言われたことを覚えています。

因みに家族には退職届を出した後に言いました。反対されることが分かっていたので、事後報告です（笑）




&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職します、とご家族に言われた際には実際に反対されましたか？どのように説得されましたか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
私は一人暮らしなので、年末に実家に帰った際、事後報告で家族に報告しました。 
反対されると分かっていたので、新しい職も決まった後に、役所を辞めると伝えました。 

&lt;p style=&quot;text-align:left;&quot;&gt;もう退職届が受理された後でしたので、説得するよりも、「諦めてください」って感じで、かなり強行突破でした。未だに母からはグチグチ＆ネチネチ言われますが、気にしません(笑)

&lt;p style=&quot;text-align:left;&quot;&gt;私の場合は、親との関係でしたが、もう大人になったのだから親と生き方が違っても仕方がないと思っています。また親は心配だから色々言うのだと分かっているので、辞めてそれなりにやっている姿を見せて、少しずつ納得させていくしかないのかなと・・・。 
まぁいまだにふらふらしているので、お小言は絶えませんが。。。
&amp;nbsp;


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職後はどのような活動をされたのでしょうか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
 
　韓国にオープンするビジネスホテルに女将として赴任する、という仕事に転職しましたが、道半ばにしてプロジェクト解散。意気揚々と退職して、４ヶ月で挫折を味わいました。

ただ北海道、八丁堀、浅草、渋谷・・・と色々なホテルで、毎日海外からのお客様のご要望に英語で対応していましたから、仕事自体には大変遣り甲斐を感じていました。

富士山の日帰り旅行を手配したオランダからのお客様にチョコレートのお土産を頂いたこともあります。しかし海外（韓国）で働くという人生計画が崩れてしまったので、当初は何をして良いのか分からず、ボーっとする毎日でした。
  
ただ世界中からのお客様と出会ったことで、旅行熱がふつふつと沸きあがり、同期に日英韓を操る才女がいて大いに影響を受けました。


その後、アルバイトや短期派遣などを繰り返し、テンプル大学ジャパンキャンパスで派遣事務をしました。公用語が英語なので、スキルアップにもなりましたし、元々教育系には興味もありました。横浜に引っ越してから、慶應義塾大学で留学生事務（派遣）に就きます。

４０以上の国から１００名以上の留学生が来ており、奨学金と寮を担当していたのですが、徐々に留学生から慕われ、留学生コンシェルジュのようになりました。日本語が分からないと、私のところに来て助けを求める学生も少なくありません。学内で会うと声を掛けてくれる学生もいるので、誰かのサポートをする仕事が合っているのだなと分かりました。

最初緊張した顔で来た留学生が、笑顔になって帰って行く姿を見るのがすごく好きです。遣り甲斐という点では、ホテルと同じかそれ以上に感じています。６月末で退職し、８月は韓国語習得のため韓国へ行く予定です。
退職を知った留学生達が挨拶をしに来てくれるので、少し寂しさもありますが、何を自分が得意とし、遣り甲斐のある仕事なのか分かったので、すごく良い経験になりました。
&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―実際に退職されてみての感じはいかがでしょうか。公務員時代とは何か変わりましたか？ &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　公務員を辞めたことを後悔したことはありません。
お給料は減ったので、その点は苦しくはありますが（笑）役所を辞めた年（２０１２年）は、転職先でもまた転職を余儀なくされましたが、毎月違うことをして新しい出会いがあったり、世界がとにかく広がったので楽しいことの方が多いです。

それに英語を使って世界中の人とコミュニケーションしたいという中学生の頃からやりたかったことを一応やれているので、逆にどうしてもっと早く辞めなかったのだろう、よく５年近くも我慢したな・・・と思いますね（笑）




&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職する際に将来に関して不安に思われたことがあれば教えていただけないでしょうか。また、現在振り返ってみて、その当時の不安に対してはどうお考えでしょうか。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  ない・・・と思います。どちらかというと、ウキウキ＆ワクワクの方が大きかったです。 
変に肩に力が入り過ぎて、新しい職場では色々失敗もしましたが(笑)、不安を感じたことはなかったかなと思います。 


  
  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;
  ―今後、目標とされたいことは何かありますか？ &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　フリーランス（自分の人間性で勝負する何か）になりたいと思って、日々研鑽中です。 
ホテルと大学の仕事で、英語で外国人をサポートする仕事が好きで、相手にとっても自分にとってもWin-Winなことだと気付いたので、何かはまだ未定ですが、１０年後を目処にフリーになりたいと考えて、足元を見つめ直す作業をしています。

大学から１０年間、空手を修練し、歌舞伎が大好きなので日本文化の良さや伝統について外国語で語れるようになるのも目標の一つです。
  
  現在は英語だけでは勝負にならないと思い、韓国語の勉強をしています。韓国語のあとは、他の言語も習得したいと思っています。
結婚も視野に入れて、プランは２～３つぐらいは考えています。
来月韓国へ行くわけですが、やっとスタートラインに立ったと感じています。女将塾での挫折から紆余曲折を経て、やっとスタート出来るところまで来た！って感じです。まだまだこれからです。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようかなと迷われている方へアドバイスなどあればお願いします。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　辞めたい思いをずーーーっと引きずっているなら、思い切って辞めるのも一つの手だと思います。その人にとって正しい選択であれば、全宇宙のエネルギーが後押ししてくれるので、追い風が吹き始めると思います。

それに個人的な意見ですが、行動しないで後悔するよりも、行動して後悔する方が良いと思いました。民間へ転職して失敗も沢山しましたが、その分沢山の人に出会い、多くのことを学びました。




&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―英語を得意とされてますが、語学をもって退職することに関してはいかがでしょうか。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　私の場合ですが、英語が得意で、一応役所でTOEICの点数が１番高かったらしいです。留学はしていませんが、ネイティブと問題なく会話できます。転職（ホテル）も英語力は条件の一つでした。

あとは大学空手部に所属していたので、空手教室の先生や後輩を指導することで、人の心を学んだ経験も、ホテルや大学での仕事では活きていたと思います。必ず新聞を読んで、社会で起こっていることを知ること。最初の課では、昼休みになると新聞を読んでいる私の横で、少年ジャンプを読む先輩の姿がありました・・・。

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―最後になりますが、辞める際に収入が不安、とお考えの方が多いのですが、アドバイスいただけないでしょうか。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　人生のプライオリティー（優先順位）に何をもってくるか、だと思います。 
私は収入の安定よりも、仕事に毎日の充実感や遣り甲斐、自分の世界を広げ高めることを求めているので、収入の不安はあまりありませんでした。

どちらかというと無計画に辞めたので貯金とかちゃんとしていたとは言えない状況でした。働いている限り、何とかなるだろうと思っていました(笑)

&lt;p style=&quot;text-align:left;&quot;&gt;　仕事の充実さよりも「収入が不安」が大きいことで辞めることを躊躇っているのなら、辞めない方が良いと思います。私のように転職先でうまくいかなくなることもあります。 
&lt;p style=&quot;text-align:left;&quot;&gt;これは私の中でも想定外でしたが、仕事は選ばなければ幾らだってあるし、自分の売り込み方や社会の仕組みも学びました。常に自分の方向性を考え、経済や社会情勢を見ていかないと生き残れないから、受け身の姿勢ではダメだと思います。逆に諦めもよくなりました。 
  

&lt;p style=&quot;text-align:left;&quot;&gt;　派遣の仕事でも希望先に通らないこともありますが、「縁がなかったんだ。次行ってみよー！！」と気持ちの切り替えも出来るようになりました。ここで仕事が決まらないと、来月家賃払えんっ！！という状況にもなったりしますが、それをも楽しめるようになります(笑)

&lt;p style=&quot;text-align:left;&quot;&gt;公務員の世界は特殊で、８～９割の人が辞めないし、あの状況から一歩踏み出すのはすごく勇気のいることだと思います。私は公務員時代に、このお給料が自動的に上がっていく状況に慣れきってしまったら、逆に役所から抜け出せなくなる方の不安はありました。 
&lt;p style=&quot;text-align:left;&quot;&gt;どうしても収入に不安を感じて辞めることを躊躇ってしまうなら、脱公務員は諦めた方がいいかもしれません。公務員である限りクビになったり、リストラされる心配はありませんから。
  
  
先日、市役所での同期に会った際、「夏休みに1週間フィンランドに行く」と言っていました。私が韓国で1か月遊学する額以上掛かるそうです。他にも仲良くして頂いた市長室秘書の方は毎年イタリアでバカンスを過ごしていました。これは一例ですが、仕事は仕事、生活は生活と割り切れるのなら、収入が確保されている公務員をし、プライベートで好きなことをするという生き方もあるんじゃないでしょうか。 
外に出て鍛えられるから、辞めた後は自分次第でどうにかなると私は信じています。

  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―お忙しい取材にご協力いただきありがとうございました。今後の大原さんのご活躍を心より願っております。  
  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt; 
　  
　（2013年8月公開）</description>
<pubDate>Wed, 11 Sep 2013 10:19:59 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>自分にしかできない仕事を神様が与えてくれた。退職後、パキスタンでの学校運営NPO法人の設立へ。</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job131/</link>
<description>水戸市役所を退職後、パキスタンの学校支援のためのNPO法人を設立された前川さんのインタビューです。2013年秋からはパキスタンに拠点を移される計画をされています。


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;本日はどうぞよろしくお願いいたします。まず、公務員時代のお話からお聞かせいただけますでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　こちらこそよろしくお願いします。
　水戸市役所には平成15年に入庁し、10年間勤務しました。1年目の平成15年から4年間は資産税課勤務です。土地の評価業務を行っていました。最初の数年間で、大きな組織で働くことの仕組みを覚えました。

この頃は、毎日無難に仕事をこなしていました。特にやりがいがある訳でもなく、満足も不満足もしていない状況でした。仕事は完全にお金をいただくために行うものという考えでした。
  
  
  5年目の平成24年に生活福祉課（生活保護担当）に転属となり、意識が変わりました。これまで接していた市民とは異質な方々でした。

私が担当した生活保護受給者の方々は、いろんな背景の方がおりました。精神障がい者、知的障がい者、身体障がい者、母子家庭、高齢者、元暴力団員、チンピラ、クレーマー、ニート、自殺未遂を繰り返す者など、様々です。


  こういった方々と接することは、初めは嫌でした。無茶なことを要求してきたりして、毎日トラブルが絶えませんでした。
でもある時、そのトラブルの原因はすべて自分にあるということが分かったのです。私は正直、生活保護受給者を見下している時がありました。その考え方が相手に伝わり、いつもトラブルの原因となっていたのです。

　気付いてからは、受給者の方々と対等な関係性を築くことに努めました。それから、仕事でのトラブルは少なくなり、いずれトラブルが生じなくなりました。

信頼関係の構築に努めただけで、仕事も難なくこなせるようになったのです。この頃から、様々な人と接することが楽しくなり、普通の人ならば嫌がる仕事も、楽しく取り組めるようになりました。

　
仕事で、何十人もの方に自立していただきました。担当していた方から、感謝されたことが嬉しくて、それから「人に喜ばれること」をどんどんしたいと思えるようになりました。

その後、3年程前の平成23年からは、仕事以外のプライベートな時間でも、ボランティアなどの社会貢献活動を行いました。すべて、生活保護の仕事をしていたおかげです。そうして、現在のNPO活動にも繋がりました。
生活保護の仕事をしたことが私の人生の転機になったと言っても過言ではありません。この仕事に関わらなければ今の私はまた別の人生を歩んでいたかもしれません。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―公務員を辞めようと思われたきっかけなどをお話いただけませんか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　平成24年の1月にパキスタンに10日間程、一人旅をしました。その際に、パキスタン農村部の貧困を知りました。日本の貧困とは、異質な貧困でした。一言で言えば，自助努力ではどうにもならない貧困です。日本では考えられない、まさに絶望と言える程の貧困と出逢いでした。

しかし、現地の人々は、素晴らしい魂を持って生きていました。貧しい中でも、皆が助け合い、喜びも悲しみもすべて分かち合うことで、生き抜いていました。

　そして、貧しい中でも、教育を受け、仕事をしたいと訴えていました。彼らは、自分のために教育を受け、仕事をするのではなく、「誰かを幸せにするため」に学びたい、働きたいと言っていました。人間としての本質を突かれたような衝撃でした。生きていく上で、本当に大切なことを彼らから学び、そして思い出させてもらえました。私は、彼らへの恩返しとして、彼らが望むことを実現するためのお手伝いをすることを決めたのです。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―パキスタンから戻られてからはどうされたのでしょうか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  　パキスタンから戻ってから2ヶ月間は大いに悩み、何もできない状態でした。
パキスタンの現状を考えると、何か行動しないといけないと思いつつも中途半端に行動はしたくないという思いが強かったからです。

　人の人生に関わることですので責任感は大切なことですから徹底的にどうすればいいのか考えました。その結果、パキスタンを支援できることは自分しかいないと思い、いま自分がやりたいことは最終的にパキスタンへの支援だ、という結論に達しました。
　そして結論が出た3月に退職を決意しましたが、準備期間も必要でしたのでその後1年働きながら準備を進めることにしました。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―活動を始められた際のお話を聞かせていただけないでしょうか  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　実際に学校運営を始めてみて、課題がいくつも出てきました。パキスタン人だけに運営を任せていると、どうしても金銭面で日本人に依存してしまいます。また、本当の自立をするためには、日本からの支援が途絶えることを前提に、仕組みを組み立てなければなりません。

中途半端に金銭を送るだけの支援では、彼らは自立どころか、依存してしまうだけだということに気がつきました。本当に彼らのためにできることは何かと考えたときに、彼らと一緒に仕組みを創っていく必要があると考えました。そして、僕自身も、パキスタンという土地で新たなプロジェクトに取り組むことへの衝動を抑えきれず、市役所を退職することを決めました。

　
  　市役所の同僚や上司達は、有難いことに僕の退職を引き止めてくださりました。
また、結婚はしていなかったのですが、両親も私の活動に理解を示してくれました。
現在は、私のNPOの支援をしていただいている方もたくさんおります。本当にご縁に感謝しています。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職することへの悩みはありましたか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
 
　私自身、現在の仕事に関わることに2か月間は悩みに悩みました。なぜなら、教育という分野は、一度始めたら継続させなければならないこと、そして、自分自身が退職してパキスタンに渡る覚悟が必要だったからです。

悩んでいいと思います。とにかく、辞める前に悩み抜いてください。辞めてから後悔しないように。私は悩んだおかげで、まったく後悔していません。 

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―退職後の活動をより具体的に教えていただけないでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　4月からは、NPO法人SOLUNARCHEの活動資金調達のための活動をメインで行っています。例えば、事業計画書を作ることから始まり、現在は定期的に講演会を行ったりしています。

　特定非営利活動法人SOLUNARCHEは、パキスタン農村部において、貧困層のために無料で通える学校運営を行っています。学校では、基礎的な教育支援と、経済的自立のための職業訓練を行い、2012年7月から6校の学校運営を開始。翌2013年1月には3校開校、同年4月にはさらに1校を開校し、現在10校を運営している。生徒数は1,100人になり、現在も増加しています。

最近は小学校や中学校から講演の依頼をいただけるようになりました。また、リアルだけでなく、ネットでの広報にも力を注いできました。Facebookやtwitter、ブログなどです。


　この3か月間は、ただがむしゃらに思いついたことを実行していくだけでした。また、人間関係の構築に努めました。パキスタン大使館や外務省、JICAや、各都道府県の国際交流協会、他のNPOの方々とのコネクションを構築しました。

　現在はスクールオーナーの募集プロジェクトに注力しております。月額4万円あれば、パキスタンで学校を一校運営することができるというものです。そして、これは個人でも法人でもグループでも申込ができます。


　１つの学校には、約100名の生徒がおり、彼らに基礎的な教育と経済的自立のための職業訓練を提供しています。生徒たちにとって、学べること、働けることは最上の喜びです。パキスタンでは農村部に住むたくさんの方たちが学校に行くことを夢見ています。僕たちは１人でも多くの方に、日本では当たり前の教育の機会を創っていくために活動を続けています。
このため「500円の分かち合い（仮）」プロジェクトを実施していきます。月額500円とはパキスタンの生徒たちの1ヶ月分の教育費です。日本のみなさまの一人ひとりがこのプロジェクトに協力していただける度に、現地の生徒たちに教育の機会を創ることができます。また、一方的な支援ではなく、彼らからの感謝の気持ちを込めたプレゼントや、定期的な情報発信により「双方向のつながり」の構築を行います。
&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―実際に退職されてみての感じはいかがでしょうか。公務員時代とは何か変わりましたか？ &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　「覚悟」の質が変わりました。これは今だからこそ思うことですが、公務員として働きながらのNPO活動していた頃は、「ボランティア」として関わっていました。つまり、いつでも辞めて良いし、辞めたとしても何の問題もないと思っていました。

しかし、今はこの活動に「仕事」として取り組ませていただいています。この仕事は、たくさんの人間の生き方、生命に直結する仕事です。この仕事を与えてくださった神様に対して、感謝の気持ちを持って関わらせていただいています。仕事が変わったことにより、自分でしかできない役目のようなものを感じております。

収入面では講演会収入などが中心なので、やはり不安定になっていますが、あまり気にはしていません。退職時も退職金くらいしかありませんでしたが、活動拠点の都内へ引っ越す際も周りの知人たちから家財道具をもらったりと色々と助けてもらいましたので、どうにかなるだろうの心で頑張っています（笑）

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―目標とされたいことは何かありますか？  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　数字上の目標というものは、ありません。ただ、この仕事やプロジェクトに関わる皆が一緒に幸せになっていくことにはこだわりたいと思っています。


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;  ―公務員を辞めようかなと迷われている方へアドバイスなどあればお願いします。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　まず「覚悟」がないならば辞めないほうがいいと思います。言い換えるならば、自分の人生に責任を持てるかどうかです。
自分の人生に責任も持てないのに、他人の人生に責任など持てる訳がないからです。

　一方で自分にしかできない仕事を神様が与えてくださったと感じたならば、退職して新たな生活にチャレンジしていただきたいと思います。また、本当にやりたいことが見つかった場合も、退職はアリだと思います。
ただし、ちゃんと最低限の準備をしてから辞めていただきたいです。私の場合も、準備のために約1年間、時間をかけました。また、家族やパートナーの理解も不可欠です。そしてどんな仕事でも、信頼出来る仲間が必要です。お金は後からついてくるので、心配しないで良いと思います。



&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―NPOやボランティアを人生の活動の主眼にしたい、と考えられる公務員の方は多いのですが、収入面を心配されている方が多くおられます。何かアドバイスをいただけないでしょうか。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　収入を１つにとらわれないことが重要ではないでしょうか。私の場合、ソルナーチの活動は60から70％ほどありますが、残りの30~40％は、パキスタンとの貿易の仕事や個人講演会をしたり、国内のイスラム教徒向けの事業をしたりと様々な入り口を作っています。
ソルナーチの活動に力を入れるのはもちろん、他で稼ぐことは稼ぐ、という感覚は重要だと思いますし、色々な可能性に挑戦することが大切ではないでしょうか。

  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―インタビューに協力いただきまして誠にありがとうございました。これからの益々のご活躍を期待しております。  
  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt; 
　  
　（2013年8月公開）</description>
<pubDate>Wed, 11 Sep 2013 10:19:20 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>公務員辞めたらどうなる　～業務中災害・通勤災害編～</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job128/</link>
<description>無事に仕事ができるに越したことはありませんが、万が一業務中にケガをしたとき、あるいは通勤中に事故にあったような場合のために補償の制度があります。

&amp;nbsp;
&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【公務災害補償制度】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　公務における事故等の災害により通院をした場合や休業して給料がもらえない場合など、補償をする制度があります。これを&lt;strong&gt;公務災害補償制度&lt;/strong&gt;といいます。

国家公務員の場合は「国家公務員災害補償法」、地方公務員の場合は「地方公務員災害補償法」に規定されています。民間企業の場合は「&lt;strong&gt;労災保険&lt;/strong&gt;」（労働者災害補償保険）という制度がありますが、ほぼ同じ制度です。


&lt;strong&gt;どんな場合に補償されるのか &lt;/strong&gt;

・公務の遂行中に
  ・公務に起因して


負傷したり、病気になったり（いわゆる「職業病」）、死亡したりした場合に「&lt;strong&gt;公務災害&lt;/strong&gt;」として補償されます。
  公務の遂行中というのは仕事中のみならず、例えば移動中に階段で転んだような場合や、始業前の着替えの最中にケガをしたような場合も含まれます。

また、通勤の途中で事故にあったような場合も「&lt;strong&gt;通勤災害&lt;/strong&gt;」として補償され、補償を実施する機関は、国家公務員の場合は各省庁、地方公務員の場合は各地域にある「地方公務員災害補償基金」です。なお、手続きは職場を通じて行います。
  


&lt;strong&gt;どんな補償があるのか &lt;/strong&gt;

補償についてみていきます。なお、公務災害と通勤災害では補償内容は基本的に同じです。

&lt;strong&gt;
【療養補償】 &lt;/strong&gt;

病院など医療機関で医療を受けられます（医療行為そのものが現物支給される）。

なお、労災保険の場合は療養補償給付（名前に「給付」がつきます）の請求書に事業主が証明し、労働者自身がその請求書を持って医療機関に受診するという流れになりますが、公務災害補償の場合は公務災害の認定を受けてから、請求書を医療機関へ提出することになります。
  したがって、初診のときは認定が間に合いませんので、何も出さずに医療機関に受診することとなります。

なお、通勤災害の場合に限り２００円の一部負担が必要です。

&amp;nbsp;

&lt;strong&gt;【休業補償】 &lt;/strong&gt;

公務災害や通勤災害で仕事ができず、給料が支払われない場合に、平均給与額（前３ヶ月間の給料合計をその期間の暦日数合計で割ったもの）の６割が支給されます。これとは別に、「休業援護金」として２割が支給されますから、合計８割が支給されます。

なお、労災保険の場合は休業４日目からしか支給されません（３日間は保険ではなく事業主が支給する）が、公務災害補償の場合は１日目から支給されます。

&amp;nbsp;

&lt;strong&gt;【傷病補償年金】 &lt;/strong&gt;

療養開始後１年６ヶ月が経過してもケガや病気が治らず、規定の傷病等級１～３級に該当する場合、療養補償年金が支給されます。この場合は休業補償が支給されません。なお、１年６ヶ月経過して治っていなくても、傷病等級に該当しなければ引き続き休業補償が支給されることになります（病気療養にて休業の事実が続く限り支給される）。

&amp;nbsp;

&lt;strong&gt;【障害補償】 &lt;/strong&gt;

ケガや病気が治り（症状が固定化し）、規定の障害等級に該当する場合、年金または一時金が支給されます。仮にケガの具合がまた悪くなったり、病気が再発したりしたような場合には、「治っていない」こととなって年金は支給されなくなります。

&amp;nbsp;

&lt;strong&gt;【その他】 &lt;/strong&gt;
その他遺族補償や葬祭補償などがあります。



&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【公務員を辞めた後はどうなるか】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
 
休業補償や傷病補償年金を受けている間に退職をすることもあると思います。
  この場合、&lt;strong&gt;退職後も引き続き同様に給付を受けることができます&lt;/strong&gt;。退職により補償が打ち切られたりはしませんから、心配は無用です。

ただし、&lt;span style=&quot;text-decoration:underline;&quot;&gt;各種手続きは退職後も元の職場を通じて行う&lt;/span&gt;こととなっていますから、留意が必要です。


例えば休業補償を受けていて、ケガや病気が治ったときなどには元の職場に書類等を提出する必要があります。
なお労災の場合は、窓口は労働基準監督署である点が違います（事業主は請求書に証明を行うのみ）。

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【「公務災害」と「労災」の制度の違い】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;


公務災害は上記のように法律で補償をすることが定められています。すなわち、使用者が直接補償を行います。
民間企業の場合も、労働基準法で&lt;strong&gt;事業主が補償を行うこと&lt;/strong&gt;が定められています。

&lt;strong&gt;
  労働基準法 &lt;/strong&gt;
  
第七十五条&amp;nbsp;　労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。

第七十六条&amp;nbsp;　労働者が前条の規定による療養のため、労働することができないために賃金を受けない場合においては、使用者は、労働者の療養中平均賃金の百分の六十の休業補償を行わなければならない。

&amp;nbsp;

しかし、「労災保険（労働者災害補償保険）」に加入して、そこから給付を受ければ、事業主は補償をしなくてよいと定められています。

&lt;strong&gt;労働基準法 &lt;/strong&gt;
  
第八十四条&amp;nbsp;　この法律に規定する災害補償の事由について、労働者災害補償保険法&amp;nbsp;（昭和二十二年法律第五十号）又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる。

先ほど休業補償の初めの３日間は事業主が補償を行うと書きましたが、それは労災保険の休業補償給付の支給が４日目からであるためで、この３日間については、事業主（使用者）は補償の責を免れないからです。

労災保険は一人以上雇用すれば強制的に加入となりますので、ほとんどの場合労災保険を利用することになり、事業主が直接補償することは少ないということです。
  


最後に・・
  
業務中の負傷など、本人の不注意によることも多いので、業務災害の手続きを遠慮したりすることがあるかもしれません。しかし、不注意によるものも含めて事故などが起こらないように安全な職場環境を確保するのは事業主（使用者）の責務です。

したがって、遠慮したり隠したりせずに補償をきちんと受けることが、その後の職場環境の安全向上につながり、職場のみんなのためになるということです。
なお、事業主が補償を行わない「労災隠し」は労働基準法違反であり、６ヶ月以下の懲役または３０万円以下の罰金という刑事罰の対象となります。</description>
<pubDate>Fri, 07 Jun 2013 13:31:34 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>公務員辞めたらどうなる　～子育て編～</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job127/</link>
<description>子供がいるけど公務員を退職しようかと考えています、となった時に不安なのが各種子育て支援制度がどうなるかということではないでしょうか。
  今回は、公務員退職後の子育てに関係する法律等を見ていきましょう。

&amp;nbsp;
&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【児童手当】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　児童手当とは、小学校修了前の児童を養育している方に支給される手当です。
手当の月額は、３歳未満：一律１万円、３歳以上：５千円（３人目からは１万円）です。

この手当を受けるためには、申請して認定を受ける必要がありますが、この認定の手続きが公務員とそれ以外の方では異なります。

公務員以外の方は、住所地の市町村長に申請して認定を受けますが、公務員は、勤務先の長に申請し、認定を受けることとなっています。公務員の場合は、手続きが勤務先で完結していますが、公務員を辞めますと住所地の市町村長に申請しなければ手当をもらえませんから気をつける必要があります。

例えば、大阪市に住所があって神戸市役所に勤務していた場合、神戸市役所の中で児童手当の手続きは完結していましたが、そこから神戸市の企業に転職した場合は、児童手当は&lt;strong&gt;神戸市&lt;/strong&gt;&lt;strong&gt;役所ではなく大阪市役所に申請する&lt;/strong&gt;ことになります。


  
  
  &lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【育児休業】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  　最近ニュースで育児休業が取り上げられています。
  公務員は、子どもが３歳になるまで育児休業を取ることができます（３年間といわれることがありますが正確には３歳になるまでです）。


法律では次のように規定されています。

&lt;strong&gt;国家公務員の育児休業等に関する法律（カッコ書き等一部省略しています）　&lt;/strong&gt;
  
第三条　職員は、任命権者の承認を受けて、当該職員の子を養育するため、当該子が三歳に達する日まで、育児休業をすることができる。ただし、当該子について、既に育児休業をしたことがあるときは、人事院規則で定める特別の事情がある場合を除き、この限りでない。

&lt;strong&gt;
  地方公務員の育児休業等に関する法律（カッコ書き等一部省略しています）&lt;/strong&gt;
  
  第二条&amp;nbsp;職員は、任命権者の承認を受けて、当該職員の子を養育するため、当該子が三歳に達する日まで、育児休業をすることができる。ただし、当該子について、既に育児休業をしたことがあるときは、条例で定める特別の事情がある場合を除き、この限りでない。


  
一方、民間企業の場合は、「育児・介護休業法」（正式には「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」という長ったらしい名前）で、次のように規定されています（カッコ書き等一部省略しています）。 

第五条&amp;nbsp;　労働者は、その養育する一歳に満たない子について、その事業主に申し出ることにより、育児休業をすることができる。ただし、期間を定めて雇用される者にあっては、次の各号のいずれにも該当するものに限り、当該申出をすることができる。
  
  &lt;strong&gt;一&amp;nbsp;&lt;/strong&gt;　当該事業主に引き続き雇用された期間が一年以上である者
  &lt;strong&gt;二&amp;nbsp;&lt;/strong&gt;　その養育する子が一歳に達する日（以下「一歳到達日」という。）を超えて引き続き雇用されることが見込まれる者（当該子の一歳到達日から一年を経過する日までの間に、その労働契約の期間が満了し、かつ、当該労働契約の更新がないことが明らかである者を除く。）
  
２&lt;strong&gt;&amp;nbsp;&lt;/strong&gt;　前項の規定にかかわらず、育児休業をしたことがある労働者は、当該育児休業を開始した日に養育していた子については、厚生労働省令で定める特別の事情がある場合を除き、同項の申出をすることができない。


  
このように、民間企業の場合は１歳になるまで育児休業を取ることができることになっています。つまり、&lt;span style=&quot;text-decoration:underline;&quot;&gt;公務員を辞めて民間企業に転職すると、育児休業可能な期間が３分の１になる&lt;/span&gt;ということです。

なお、子どもが１歳になるときに育児休業を取っていた場合、その配偶者が、子どもが１歳６ヶ月になるまでリレー的に育児休業を取れる制度があります。またリレーでなくても配偶者の病気などの事情、あるいは保育所への入所ができない場合は引き続き１歳６ヶ月まで育児休業が取れます。
平成２５年４月、安倍総理は「成長戦略」の一項目として、この育児休業を３歳までに伸ばす方針を「３年間抱っこし放題」という言葉で発表しました。ただし、これは法律で決めるのではなく企業の独自の取り組みを支援するという形だそうです。



&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【休業中の収入について】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  &lt;strong&gt;
  &lt;/strong&gt;公務員、民間企業とも育児休業中は無給です（民間企業の場合、規定で給与を支払うことは問題ありません）。
その間の支援として、公務員の場合は「育児休業手当金」が共済組合から、民間企業の場合は「育児休業給付金」が雇用保険から支給されます（雇用継続給付）。

その額は、いずれも賃金日額（休業前６ヶ月の賃金総額を１８０で割ったもの）の５割ですが、育児休業給付金の場合は給与が支払われる場合その給与と給付金の合計が８割を超える場合はその分が減額されます。

公務員の場合は法律で無給とされていますので調整はありません。
実際には期間延長の有無よりも、育児休業そのものが取りにくいという現状があります。「働き方」の変化もそうですが、「働かせ方」の変化もより必要となってくるでしょう。</description>
<pubDate>Mon, 20 May 2013 10:47:44 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>多くの起業家を見てきた公的起業支援機関がアドバイスする、公務員からの独立や起業されたい方へ</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job126/</link>
<description>全国に約600箇所あると言われています独立・起業のための公的支援機関の中でも、活動域の広さからトップクラスの活動量として知られるのが大阪市が運営している大阪産業創造館です。今回、「公務員からの起業」というテーマで、創業支援チームリーダーの長川様にお話をお伺いしました。民間出身者として数多くの起業家を目の当たりにされてきた興味深いお話を数多くいただきました。
  
  【大阪市産業創造館とは？】
大阪市経済戦略局の中小・ベンチャー企業支援拠点として2001年1月に開業。
経営相談をはじめ、セミナーやビジネススクール、商談会、交流会など、多種多様なサービスで起業家や中小企業をサポートする大阪市の公的企業支援施設。


  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;本日は公務員プラスの「公務員からの起業へ」の取材に協力いただきありがとうございます。では、早速なのですが、ここ最近、公務員から起業されたい方が少なからずおられます。まず、どのような方が公務員からの起業に向いていると思われますか？ &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　公務員からの起業に限らず、起業されたい場合は、まずは「起業家としての気質があるかどうか」ということが重要です。

「コミュニケーション能力はあるか」や「明るく元気な人物像で、周囲の人が応援したくなるか」など、起業後の様々なに襲ってくる難局を乗り越えられる気質があるかどうかが重要なポイントです。

一方で公務員の場合、起業家とは言ってみれば逆の気質が求められていると思います。
  公平でいられるか、卒なくプロジェクトをクリアできるかなど一般の民間企業のサラリーマンとはまた異なる大きなものを背負って働いているのが公務員という存在です。

そのため、公務員的な気質から徐々に転換させ、起業家としての気質を身につけられるかどうかが大切なことですし、これができる方が起業に向いていると言えるのではないでしょうか。

あと、成功している起業家に共通していることが１つあるのですが、特に何の根拠もなくても「何とかなる」「自分には解決できる」というような思考パターンがあります。 
この根拠のない自信というものは大事なポイントです。日頃から何かよく分からないが自信がある方は起業家に向いていると言えるかもしれません（笑）。
&amp;nbsp;

&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―安定的な公務員という仕事から起業するに際しては、やはり様々な不安がつきまとうものですが、どのように克服していけばいいのかなどアドバイスをいただけないでしょうか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;

　恐らく起業するに際して不安なのはこれからの生活や仕事に対してのことだと思うのですが、それを克服するには、とにかく起業の準備をまずは進めることです。

「覚悟」してから「準備」を始めるのではなく、「準備」している中で「覚悟」をすることです。
  言い換えれば、まずはいついつまでに起業するぞ、というゴールを設定し、ゴールに向かって行動します。そしてその計画どおりにいかなかったら、本気で悔しがれるかどうかです。

その時に本気で悔しがれないようでしたら覚悟ができていない、と言い換えることもできますし、もっと深い意識の部分で言えば恐怖を感じていると覚悟はできません。 

恐怖というものは人の前向きな考え方や行動を止めます。途中であきらめたり、別の道に行くのも根底にあるのは失敗するかもしれない、という恐怖です。 
  一方、「恐怖」と真逆に見えて実は紙一重な存在に「ワクワク」というものがあります。
  恐怖の場合は、前に出ることは怖いためにできませんが、ワクワクの場合は前に出ることができますよね。
この紙一重の差なのですが、恐怖を一瞬にしてワクワクに変えることができることが起業家の資質としては大切ではないでしょうか。

  
  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―起業のためにモチベーションやイメージを具体化させる方法などあれば教えていただけないでしょうか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　まず、起業というものを格好良く想像するのはあまりよくありません。形から入り格好良くスタートし、格好よく成長していく企業など滅多にありませんので、泥水を飲む覚悟でまずはできることから何でも始めることが大切です。

ただ、急に何でも泥水を飲む覚悟でやっていこう、となってもなかなかできないと思いますので、まずは本物の経営者やその分野で頑張っている人たちと会って、ネットワークを作っていくことです。

起業本を読んだり、成功者のセミナーに出席しても、気分が盛り上がることはあっても、得られるものは少ないと思います。
  まずは、実際に経営をしている人に会うこと。人と会えば自分に今足りないものも見えてきますし、自覚をすることもできます。
  人と会うことは自分を写す鏡に会うことでもないでしょうか。

あとは、日頃から面倒なことでも楽しく行う方法を見つけることができないか探してみることです。
起業とは面倒なこと、一見するとムダなことをいかに楽しく行い、成果という形にしていくものですので、面倒だったりムダだと思えることを楽しく行える方法を見つけることは大変良い方法だと思います。

  
  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―話は変わりますが、公務員から起業される場合、社会起業家を目指される方が多いように感じるのですが、これについてはいかがでしょうか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　社会起業家という存在は重要な存在であることは間違いありませんが、あまりに「社会のために」「利益は二の次で」と盲目的になるのはよくないかもしれません。

私は社会起業家の方によく「お金は好きですか？」「お金を稼ぎたいと思いますか？」と聞くのですが、おおかたの方は「ハイ！」とは言われません。

お気持ちは分からないこともないのですが、お金があればより多くの人を助けられると考えていただき、堂々とお金を儲けていただくことを大前提にしていただきたいと思います。
  堂々と儲け、そのお金でさらに社会をよくしていくんだ、という考え方が重要なのではないでしょうか。

&amp;nbsp;


  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―起業の際に私も大変お世話になったのですが、全国に存在します行政による起業支援機関やサービスの上手な使い方があれな教えていただけないでしょうか。  &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
 
　全国には行政による約600の支援サービスやインキュベーション（経営技術・金銭・人材などを提供し、育成すること施設のこと）があると言われています。
支援機関で働く人は、基本的には起業や中小企業を支援したい人が多く集まっていますので、本当に支援が必要な人や支援をしたいと思えるような人に対してはしっかりとサポートしてくれるはずです。

特に公務員からの起業前後はあまり周囲に同じ状況の方もおらず、起業相談する相手もいないことが多いと思います。

「事業計画についてこう考えています」「こんなことで悩んでいます」となれば、まずは相談してみることが大事ですし、セカンドオピニオン的な感覚で使ってもらえればと思います。

&amp;nbsp;

&amp;nbsp;

&lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―では、最後に大阪市産業創造館の上手な活用方法を教えていただけないでしょうか。 &lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　起業前の起業しようか悩んでいる方には、交流会付きのセミナーを多数用意していますので参加して欲しいと思います。
同じく起業するぞ、という同士が参加していますので、得られるものは大変大きいと思います。

また、起業を決意された後の方には、士業を始めとした専門家による無料相談を随時実施しています。
  恐らく「公務員から起業します」と言うと、まず初めに起業を止められるかもしれませんが（笑）、その時に笑顔で「助言ありがとうございます。でも、頑張ります！」と言えるかどうかです。
これが言えたら、もう起業の準備としてはほぼ完成しているのではないでしょうか。

  
  
  &lt;span style=&quot;color:rgb(187,0,43);&quot;&gt;&lt;strong&gt;―様々なアドバイスをいただきましてありがとうございました。&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;</description>
<pubDate>Tue, 14 May 2013 08:24:47 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>公務員からの「出口」を考えてみる</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job125/</link>
<description>公務員といえども永久に公務員をやり続けることはできません。出口が必ずあります。
  今回は、公務員の「出口」について考えてみます。

最近労働について取り上げられることが多いですね。「会社が辞めさせてくれない」とか「会社に辞めるといったら損害賠償を請求するといわれた」とか。
労働法令の基本を知っていれば大丈夫なのですが、残念ながら学校であまり習わないのでこのようなことで悩むことになるのですね。

実は公務員と民間企業では「出口」（「入口」もですが）が違うのですが、民間企業についてのことがよく取り上げられていること、公務員と民間企業の制度を比較した方がよくわかることから、民間企業についても取り上げようと思います。

&amp;nbsp;
&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【民間企業の「出口」について】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　民間企業の場合、民法及びその特別法である労働基準法、労働契約法の適用があります。

民法では「雇用契約」として規定されています。民法第６２７条には、
  
  &lt;strong&gt;「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。」&lt;/strong&gt;

とされています。


いわゆる正規雇用ではこの「期間を定めない」契約ですが、これは民法においては「いつでも」「どちらからでも」解約の申し入れをすることができるとされています。
この「申し入れ」は、使用者側からすれば「解雇」であり、従業員側からすれば「自己都合退職（あるいは依願退職）」となります。


  しかしながら、事業主側の力が従業員よりも強いため、事業主側からの申し入れである「解雇」については労働契約法第１６条で次のように制限が加えられています。
  
  &lt;strong&gt;「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」&lt;/strong&gt;
  
  これは具体的には「整理解雇の４要件」といわれています（ここでは省略します）。
  なお、雇用契約の解約申し入れについては上記のように「二週間経過で効力が発生する（雇用が終了する）」とされており、相手側の同意を条件としていませんから「会社が辞めさせてくれない」というのは基本的にありえないことになります。
  その反面、会社が解雇するのにも従業員の同意は不要ということでもあります（もちろんさきに述べた労働契約法の制限はあります）。


  
  &lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【公務員の「出口」】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  　さて、公務員の場合はこれとはまったく違います。
  公務員関係の法令から出口のキーワードを探してみると、「定年退職」と、「免職」です。

「定年退職」は説明の必要もありませんね。「免職」は公務員の皆さんが恐れているものです。「クビ」というやつですね。民間では「解雇」にあたります。


まず法令では公務員は、「規定の理由がない限り、本人の意思に反して免職されない」と身分保障をしており、その上で理由として、

国家公務員法では

&lt;ul&gt;  
&lt;li&gt;人事評価又は勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合　&lt;/li&gt;
  
&lt;li&gt;心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合&lt;/li&gt;
  
&lt;li&gt;その他その官職に必要な適格性を欠く場合&lt;/li&gt;
  
&lt;li&gt;官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合
    
  &lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

地方公務員法では、

&lt;ul&gt;  
&lt;li&gt;勤務実績が良くない場合　&lt;/li&gt;
  
&lt;li&gt;心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合&lt;/li&gt;
  
&lt;li&gt;前二号に規定する場合の外、その職に必要な適格性を欠く場合&lt;/li&gt;
  
&lt;li&gt;職制若しくは定数の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

  
  と列記しています。本人の成績不良や心身の理由の他に「廃職や過員」という整理解雇とも言える項目があります。
  なおこれは「分限処分」といわれるもので、これで免職となると「分限免職」と呼ばれます。
「消えた年金」問題に絡み社会保険庁が廃止されたとき、大規模な分限免職処分が行われたのが著名な例です（最近無効の判決が出ましたが）。

このほかに、懲戒処分としての免職処分があり、これは「懲戒免職」といわれます。


　と、ここまで見てきて「何か足りないなあ」と思いましたか？そう、自己都合退職についての決まりが法令にはないのです。そうすると、退職願を出して辞めているのって、あれは何に基づいていやっているのか？と思いますよね。


　少し長いですが、判決文を引用します。
  
「退職願（申出）の法律的性質は、職員の任用が行政行為であると考えられるので、その辞職、すなわち職を離れるについても任命権者の行政行為によらなければならない。したがって、&lt;strong&gt;職員は、退職願を提出することによって当然かつ直ちに離職するのではなく&lt;/strong&gt;、退職願は本人の同意を確かめるための手段であり、&lt;strong&gt;その同意を要件とする退職発令（行政行為）が行われてはじめて離職することとなる&lt;/strong&gt;ものである。（高松高裁昭35・3・31判決・行政裁判例集11巻3号796頁）」

　
  退職願を出したら、それに任命権者が同意するとして退職の発令が出て、それをもってはじめて辞めることができる、ということです。
ちなみに私が所属する組織では、人事異動に使われる「人事異動通知書」に、「辞職を許可する」と書かれたものが渡されます。


  　それじゃ、同意されなければ辞められないのかということですが、国家公務員の場合は人事院規則８－１２（職員の任免）の第５１条で「任命権者は、職員から書面をもって辞職の申出があったときは、特に支障のない限り、これを承認するものとする。」とされていますので、まず同意されると考えてよいでしょう。地方公務員の場合も同様の取り扱いと考えられます。
  
なお、「特に支障」というのは、例えば犯罪行為で捜査中など今後処分が予定される場合で、ここで辞められると処分ができない（退職金を払わないというのも含みます）というような場合ですから、通常の場合はまずあたらないでしょう。

　というわけで、公務員の場合でも依願退職はできるが、それには任命権者の同意がいる。それは基本的には同意される、ということですから、これから辞めようという方、淡々と手続きをすれば大丈夫です。（2013年5月執筆）</description>
<pubDate>Wed, 08 May 2013 10:57:35 +0900</pubDate>
</item>

<item>
<title>公務員、辞めたらどうなる　～雇用保険～</title>
<link>https://www.yakuninhaigyo.com/job124/</link>
<description>会社を辞めたら、失業手当をもらいながら再就職の活動をする、などということをよく聞きますね。
失業手当とは、雇用保険の被保険者が失業状態にあるときに支給される手当のことをさします。

ただ、

&lt;strong&gt;『公務員は、法律で雇用保険の適用が除外されています。したがって、失業手当は受けられません。』&lt;/strong&gt;

で終わってしまうのも何なので、雇用保険について説明します。
ちなみに、雇用保険の適用は公務員は除外されていますが、まったく関係がないわけではありません。そのあたりはあとで説明します。

&amp;nbsp;
&lt;a href=&quot;http://amzn.to/SvI2Ah&quot;&gt;&lt;/a&gt; 
&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【雇用保険基本手当のあらまし】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
　雇用保険の給付はいろいろありますが、メインは基本手当です。
失業中にもらえるもので、先に出た「失業手当」と呼ばれているものです。
&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp;&amp;nbsp; 
この基本手当の金額は、離職前6ヶ月の賃金を180で割ったもの（「賃金日額」と呼びます）のおよそ5割から8割（賃金日額が低いほど割合は高くなります）で、被保険者期間や離職理由、年齢で決まる給付日数分支給されます。

この支給手続きに必要なのが勤務先から渡される「離職票」なのです。よくネットで「会社を辞めたら離職票をもらおう」などと出ていますね。


  
  &lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【失業者の退職手当】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  
  　公務員の場合はもとより雇用保険の被保険者ではありませんから、&lt;span style=&quot;text-decoration:underline;&quot;&gt;辞めても雇用保険の給付はありません&lt;/span&gt;。
  
  これは退職手当があるから、ということでしょうか。
しかし、仮に1年程度で退職した場合、退職手当が少なく雇用保険の失業手当より少ないことが考えられます。


  簡単に計算してみます。
  年齢25歳の職員、給料が18万円で、勤続1年で自己都合により辞めた場合、退職手当の支給率は0.588（国家公務員）ですから退職手当は18万円×0.588＝105,840円です。
仮にこの職員が雇用保険の被保険者だったとすると、賃金日額は18万円×6ヶ月÷180＝6,000円、基本手当日額は4,455円となります。支給日数は90日ですから基本手当総額は4,455円×90日＝400,950円です。


公務員には退職手当がこの「仮の基本手当」に足りない分を&lt;strong&gt;「失業者の退職手当」&lt;/strong&gt;として支給する制度があります。
ちなみにさきに計算した退職手当を「一般の退職手当」といいます。


国家公務員の場合、この「失業者の退職手当」は雇用保険と同様にハローワークで支給手続きをすることとなっており、その手続きに必要なのが「&lt;strong&gt;国家公務員退職票&lt;/strong&gt;」（「離職票」ではありません）です。


地方公務員の場合は失業者の退職手当も一般の退職手当同様に自治体から支給されますが、制度として「退職票」を発行し、雇用保険の基本手当と同様ハローワークで「失業の認定」（基本手当の条件である「失業状態」を認定すること）を受けることとしている自治体があります。

自己都合退職のみならず、最近は任期付職員であって短い任期であるとこのような場合もありえます。手続きは自治体によって異なりますので、これに該当すると思われる方は担当部署に問合せをしてください。


なお、ハローワークで求職を行うのは雇用保険加入の有無は問われませんし、離職票（退職票）がなくても大丈夫です。あくまでも&lt;strong&gt;離職票は雇用保険受給のための書類&lt;/strong&gt;です。




&lt;span style=&quot;font-size:large;color:#cc0000;&quot;&gt;&lt;strong&gt;【その他の雇用保険の制度】&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;
  &lt;strong&gt;
  教育訓練給付 &lt;/strong&gt;
  
「教育訓練給付」というものがあり、対象の教育（よく『教育訓練給付対象講座』などと書かれていますね）を受けると経費の２割を受けられるのですが、当然ながら公務員もこれも対象外です。

この制度、以前はもっと手厚く８割も支給される時代があったのですが、段々減らされて今では２割です。雇用保険加入３年以上（当面の間、初受給に限り１年）が条件なので、公務員を辞めて会社に入って３年以上経ったら考えましょう。


&lt;strong&gt;雇用継続給付 &lt;/strong&gt;
  
  雇用継続給付として、「高年齢雇用継続給付」、「育児休業給付」、「介護休業給付」というものがあります。
これらは、６０歳以降に継続雇用されて給料が下がった、あるいは育児休業や介護休業で給料が下がった場合に給付されるもので、裏を返せばそのような状況で事業主が給料を下げても雇用保険で面倒見るから、辞めさせないでねということですね。

これらも公務員に適用はありませんが、育児休業給付と介護休業給付については、共済組合においてそれぞれ同様の給付事業である「育児休業手当金」「介護休業手当金」として設定されています。</description>
<pubDate>Wed, 08 May 2013 10:30:51 +0900</pubDate>
</item>

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